帝国繊維の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

麻を売る相手を、問屋と衣料品店から官公庁へ替えた。合成繊維の広がりで麻織物の需要が細り、1975年12月期に経常赤字へ転落した。富士銀行から送られた経営陣は1977年に480名の人員削減を決め、1978年には航空自衛隊向け制服の納入を始める。1980年4月に磐田工場をヤマハ発動機へ譲渡し、翌1981年には工場跡地をショッピングセンターとして貸し出した。1982年に耐熱衣料で防災関連製品を立ち上げ、1990年4月の防災車両工場新設で化学消防車・救助工作車へ広げる。1995年に社長へ就任した飯田時章氏は17年をかけ、創業以来の鹿沼工場を防災の主力拠点へ組み替えた。

  • 2020年3月 AVIが株主提案
    政策保有株式と総資産に対する比率
    201920202025
    うちヒューリック株式(百万円)23,09619,88429,157
    ヒューリック以外の政策保有株式(百万円)1,8061,8957,837
    うちヒューリック株式率(%)31.929.031.9

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