決断
機器を売る前に、火災を評価する制度のほうを作った。そこで1931年から翌年にかけて大日本消防協会の嘱託として欧米を視察し、帰国後は消防関係法令の起草に加わった。損害保険協会には、報知設備を備えた建物の保険料率を下げるよう申請している。1949年には損害保険19社の資本参加を受け、設備が普及するほど保険金の支払いが減る側から資金を調達した。1969年4月施行の消防法改正でホテル・病院・劇場への設置が義務づけられると、1969年3月期に45億6,700万円だった売上高は1971年3月期の101億5,800万円へ2年で2.2倍に伸びた。