筆者の見解
首位を追う立場が残したもの
この判断の核心は、失った首位をどう取り戻すかではなく、二番手のまま何で戦うかを定めた点にあったと思われる。日米合弁ゆえの意思決定の遅さは、資本構造に根ざす制約であり、簡単には解けなかった。島崎敬夫社長が選んだのは、規模でブリヂストンに追いつくことよりも、人員を絞り省力投資で生産性を上げ、導入技術から自社技術へ移る体質改善であった。首位争いの土俵から一歩引いて、競争優位に立てる領域を見定める判断であったともいえる。
"自立"という言葉には、資本自由化を前にした米国資本からの独り立ちと、量産競争に巻き込まれない経営の両方が重なっていた。生産性は3年で倍増したものの、首位奪回には至らず、横浜ゴムは業界2位の立場を長く歩むことになる。規模を追わず高付加価値で選ばれる道は、後年のADVANによる独自路線へとつながっていく。首位を追う立場に置かれたことが、かえって独自の製品戦略を育てる土壌になったのか——その評価は、この時期に敷かれた自立の路線がどこまで意図されたものだったかにかかっているのだろう。
Yutaka Sugiura, 2026年7月