新宿駅西南口地区の再開発、JR東日本と組み総事業費3000億円を投じる決断

2023年進行中

国際都市への脱皮か、工期なき停滞か——新宿駅前3000億円再開発の行方

更新:

時期 2023年8月
意思決定者 都村智史・取締役会 社長
論点 新宿駅前という最重要拠点の資産更新と大型投資判断
概要
京王電鉄は2022年4月、JR東日本と共同で新宿駅西南口地区(北街区=京王百貨店新宿店の敷地、南街区=JR東日本グループ商業施設の敷地)の再開発計画を公表し、2023年8月の取締役会で総事業費約3000億円・自社負担約920億円の事業推進を決定した。だが2025年3月、建設する施工会社が固まらず、南街区の完成予定を「未定」に変更した。
背景
東京都と新宿区は2018年3月、駅と駅前広場、駅ビルを一体で再編する「新宿グランドターミナル」構想を掲げた「新宿の拠点再整備方針」を公表していた。京王百貨店・京王プラザホテルなど中核資産を新宿エリアに集めてきた京王電鉄は、この方針に沿ってJR東日本と事業主体を組み、西南口一帯の資産と機能を更新する再開発に動き出した。
内容
2022年11月の都市計画決定告示を経て、2023年8月に取締役会が事業推進を決定した。南街区に地上37階・高さ約225メートル、北街区に地上19階・高さ約110メートルのビルを構想し、延べ床面積は合わせて約29万1500平方メートルに及ぶ。南街区の高層階には国際水準のラグジュアリーホテルを誘致する計画も描いた。
含意
2025年3月、施工会社との契約がまとまらず南街区の完成予定は「未定」となった。建設費の高騰と建設業の人手不足という制約は京王一社にとどまらず、渋谷・池袋など他の電鉄系再開発にも及んでおり、都心一等地の再開発ですら計画どおりに進まない業界共通の壁を映し出した。
筆者の見解

拠点更新の理と、施工体制という壁

この再開発が浮かび上がらせるのは、鉄道会社が持つ都心の一等地であっても、建設費の高騰と施工人員の逼迫という業界共通の制約からは逃れられない現実である。2022年の計画公表から2023年の事業推進決定まで、京王電鉄は総事業費3000億円という規模の投資判断を段階を追って固めてきたが、その先にある施工体制の確保は発注者の意思だけでは動かせない領域にあることがうかがえる。

新宿という京王の中核拠点を、店舗・オフィス・国際水準のホテルを備えた複合市街地へ作り替える構想そのものは、新宿グランドターミナル構想という都市計画の文脈にも沿う選択と映る。ただし南街区の完成時期が定まらないまま北街区の着工が先送りされている以上、投資と資本効率の両立を掲げた経営目標が実際にいつ実を結ぶのかは、本稿の時点でなお見通しにくい。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

新宿グランドターミナル構想と京王の拠点更新

東京都と新宿区は2018年3月、駅・駅前広場・駅ビルを一体的に再編し、駅とまち、まちとまちをつなげて新宿全体を活性化させる次世代のターミナル「新宿グランドターミナル」の実現を掲げる「新宿の拠点再整備方針」を公表した。京王電鉄は、京王百貨店・京王プラザホテルなど中核事業が集中する新宿エリアの西南口一帯で、この方針に沿って東日本旅客鉄道と事業主体を組み、資産と機能を更新する再開発へ動き出した[1]

対象となる西南口地区は、甲州街道を挟んで北街区(京王百貨店新宿店の敷地)と南街区(JR東日本グループの商業施設が立つ敷地)に分かれる。京王電鉄とJR東日本は2022年4月13日、この2街区にまたがる再開発計画の概要を公表し、南街区に地上37階・高さ約225メートルの超高層ビルを構想していることを明らかにした[2]

2022年公表から都市計画決定まで

京王電鉄とJR東日本が事業主体として進めてきたこの計画は、2022年11月9日、都市再生特別地区として都市計画決定の告示を受けた。この告示によって街区ごとの用途・容積・高さの大枠が固まり、京王電鉄は新宿エリアという中核事業が集中する最重要拠点で資産と機能を更新する再開発を、実務段階へ進める根拠を得た[3]

計画には、南街区の高層階に国際水準のラグジュアリーホテルを誘致する構想も含まれていた。学生街・ビジネス街として知られてきた新宿駅西側一帯を、宿泊・滞在機能を備えた国際都市へ作り替える狙いは、2022年4月の計画公表時点からすでに示されていた[4]

決断

取締役会による事業推進の決定

2023年8月2日、京王電鉄の取締役会は新宿駅西南口地区開発計画と京王線新宿駅改良工事について、事業を推進すると決定した。南街区開発における自社負担分と駅改良工事費(一部先行分)を合わせて920億円、北街区を含めた全体の総事業費は現時点で3000億円程度を想定すると発表した[5]

南街区は2023年度から2028年度の工期で地上37階・地下6階、延べ床面積約15万平方メートルの複合ビルとし、店舗・オフィス・宿泊施設を収める計画とした。北街区は南街区の竣工後に着手し、2040年代までに地上19階・地下3階、延べ床面積約14万1500平方メートルのビルへ建て替える二段階の開発とした[6]

資本効率経営との両立という制約

京王電鉄は2024年5月の決算説明会で、鉄道の安全投資や連続立体交差事業に新宿再開発を加えた投資額が2030年頃にピークへ達するとの見通しを示した。設備投資が増える中でも、AA格の格付を維持する財務指標のもとでROE7%から8%を確保することを、株主資本コスト5~6%を上回るスプレッド確保の前提とした[7]

同じ決算説明会で京王電鉄は、自己株式取得は現時点で具体的に検討していないと述べ、個人株主が約3割を占めることを理由に、株主還元は自己株式取得ではなく配当を軸にする考えを示した。大型の再開発投資と株主還元をどう両立させるかは、新宿再開発が本格化するこの時期の経営課題として残った[8]

結果

施工会社難航による工期「未定」化

2025年3月28日、京王電鉄は南街区の完成予定を「2028年度(予定)」から「未定」へ変更すると公表した。建設する施工会社との契約が固まらず、着工に至っていないことが理由であった。私鉄大手の幹部の間では、この状況を「事実上の白紙」と受け止める見方が広がった[9][10]

難航の理由について、京王電鉄開発企画部の秋田賢太郎企画担当課長は「建築費の高騰と、その背景にある建設業の人手不足が難題だ」と語った。施工会社として本命視される大成建設は、新宿駅西口で小田急電鉄が進める高さ約260メートル・地上48階建てビルの施工にも人員を割いており、6月末時点の単体受注残高は約3兆2000億円(前年同期比14.6%増)に達していた。無理に受注する必要のない事情が、京王との協議を長引かせる一因となった[11]

電鉄各社に広がる再開発の遅れ

工期の見直しは京王一社にとどまらなかった。渋谷駅前では東急などが手がける「渋谷スクランブルスクエア第2期」の完成予定が2027年度から2031年度に変わり、池袋駅西口地区でも三菱地所などによる再開発準備組合と東武鉄道の街区で解体着工が2027年度から2030年度へ延び、2043年度予定の全体竣工は未定のままとなった[12]

電鉄各社の再開発だけが遅れる理由について、財閥系デベロッパー社員は「今や電鉄もさまざまな開発を手がけており、再開発の実績は豊富」と交渉力不足説を退けた。一方、別のデベロッパー社員は、車両の運行を止められず夜間しか作業できない難易度の高さと、建築費が高騰する中での採算確保の難しさを指摘した。JR東日本という土地所有者と組んで臨んだ京王電鉄の再開発は、本稿の時点で工期という最初の関門を越えられずにいる[13]

出典・参考