オープンアップグループ障害者雇用の特例子会社にトラスト・テックを買い、技術者派遣を本業に据える

1997年設立の法人格を残したまま、事業だけを二度入れ替えた2005年6月の全株式取得

時期 2005年6月
意思決定者(推定) 株式会社アミューズキャピタル 親会社
論点 事業内容の入れ替えと上場準備
概要
2005年6月、障害者雇用の特例子会社として設立された法人(当時の商号は株式会社トラストワークスサンエー)が、親会社である投資ファンドの株式会社アミューズキャピタルから株式会社トラスト・テックの全株式を取得し、技術労働者派遣事業を始めた経営判断。
背景
1997年8月に三栄商事株式会社らが特例子会社として設立した共生産業株式会社は、2004年11月にアミューズキャピタルへ売却され、12月に三栄商事から製造請負・技能労働者派遣の営業を譲り受けていた。ただし譲受で生じた営業権12億7,562万円を期末に一括償却し、初年度は12億円台の損失を計上している。
内容
技術労働者派遣を主業とするトラスト・テックの全株式を親会社から取得し、100%子会社とした。同年7月には障害者雇用の機能を同名の新会社へ切り出し、7月にレストラン事業、9月に映画館事業から撤退して人材サービスへ絞り込んだ。
含意
連結売上高は2005年6月期の23億円から2008年6月期の123億円へ伸び、2007年6月にジャスダック上場を果たした。2008年10月には買った側の商号「株式会社トラスト・テック」が法人そのものの商号になった。
筆者の見解

買われた名前が会社の名前になるまで

2005年6月の取得を、通常の企業買収として読むと像を結びにくい。売り手も買い手も同じ投資ファンドの支配下にあり、対象会社は買収の8カ月前に設立されたばかりであった。取引の実体は、上場を目指す法人へどの事業を積むかという配置の選択に近い。障害者雇用のために作られた法人に、製造請負を載せ、次に技術者派遣を載せ、合わない事業を外す。その順序が2004年11月から2005年9月までの1年足らずに詰め込まれている。

結果として残ったのは、法人の連続性と事業の連続性が一致しない会社であった。登記上の設立は1997年8月の相模原、実質的な祖業は2004年9月設立のトラスト・テック、商号は2008年に買った側から買われた側へ移り、2020年にビーネックス、2023年にオープンアップへと替わっている。1997年に法定雇用率を満たすために置かれた法人が、2025年6月期に売上収益1,879億円を計上する東証プライム上場企業として動いている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

障害者を雇うために作られた会社

現在のオープンアップグループが使っている法人格は、人材ビジネスのために作られたものではない。神奈川県相模原市で製造請負・派遣業を営む三栄商事株式会社と室町タミ氏らが、障害者の雇用の促進等に関する法律に基づく特例子会社として、資本金1,000万円で共生産業株式会社を設立したのが1997年8月であった。法定雇用率を満たすための組織であり、独立した収益事業を持たない。2004年6月期の単体売上高は4,313万円、従業員は40名にとどまっていた[1][2]

転機は2004年11月に訪れた。三栄商事と室町タミ氏が保有する全株式を投資ファンドの株式会社アミューズキャピタルへ譲渡し、商号は株式会社トラストワークスサンエーへ変わった。同月の株主割当増資で資本金は1,000万円から4億6,000万円へ、翌12月の第三者割当増資で9億8,500万円へ引き上げられている。12月には三栄商事から人材サービス関連事業とレストラン・映画館事業の営業および一部資産を譲り受け、特定労働者派遣事業の届出を出し、株式会社テクノアシスト相模を子会社化した。空の法人へ資本と事業を注ぎ込む作業が、わずか2カ月で進んだ[3][4]

譲り受けた事業の薄さ

譲り受けた中身は、製造業の構内で組立・検査・梱包などを担う請負と技能労働者派遣であった。取引先の生産量に連動して人員が増減し、単価も上げにくい。加えてレストランと映画館という人材サービスと無関係の事業まで抱え込んでいた。三栄商事からの営業譲受では12億7,562万円の営業権が発生したが、会計処理としてこれを2005年6月期末に一括償却し、同額を特別損失に計上している。7カ月決算の第1期は連結で12億6,290万円の当期純損失に終わった[5][6]

有価証券報告書は、この時期の課題を「顧客の総合的なニーズに対応するため」と短く記している。製造現場の請負だけでは応えられない注文、すなわち研究・設計・試作・評価といった上流の技術者を求める声が、譲り受けた顧客基盤の側から出ていた。技術者を送り込むには、有期雇用の登録者を回す仕組みではなく、無期雇用の正社員として技術者を抱える会社が要る。それを一から作る時間は、出口を見据えた投資ファンドの持ち時間には収まらなかった[7][8]

決断

買った相手は自分の親会社であった

2005年6月、トラストワークスサンエーは株式会社トラスト・テックの全株式を取得し、技術労働者派遣事業を開始した。売り手は第三者ではなく、自社の全株式を握る親会社のアミューズキャピタルであった。旧トラスト・テックの設立は2004年9月で、共生産業の買収からわずか2カ月後にあたる。ファンドは技術者派遣の会社を別に立ち上げ、それを上場の準備を進める法人の下へ移した。買収というより、同じ資本の内側での組み替えに近い[9][10]

取得後のグループは、技術労働者派遣をトラスト・テックが、請負・技能労働者派遣を本体とテクノアシスト相模が担う二層構造になった。前者は研究・設計・試作・評価の工程へ正社員の技術者を送り、後者は組立・検査・梱包の工程へ人員を配置する。雇用リスクを自ら負う代わりに質で差をつけるという説明は、その後の有価証券報告書に繰り返し現れる。買い足したのは会社というより、収益の構造そのものであった[11][12]

名前を子会社へ渡し、異業種を畳む

技術者派遣を手に入れた翌月、法人は自らの出自を子会社へ移した。2005年7月、障害者の雇用の促進等に関する法律に基づく特例子会社として、資本金2,000万円の共生産業株式会社が新しく設立されている。もとの商号と、障害者雇用という設立目的だけが、新会社へ引き継がれた。同じ月にレストラン事業から、9月には映画館事業から撤退し、三栄商事から引き取った異業種はすべて畳まれた[13]

事業を絞る一方で、営業網は急いで広げられた。2005年4月に八王子・名古屋の両営業所、11月に関東支店・東海広域支店と彦根・名張・埼玉・茨城・千葉の各営業所、翌2006年1月に東日本支店と横浜営業所が置かれている。同じ2006年1月には第三者割当増資で資本金が9億8,500万円から13億3,500万円へ積み増された。2006年11月、商号は株式会社トラストワークスへ短縮され、譲渡元の名残であった「サンエー」も消えた[14][15]

結果

2年で上場、3年で商号の逆転

数字は素直に伸びた。連結売上高は第1期(2005年6月期・7カ月)の23億2,312万円から、第2期61億3,001万円、第3期91億331万円、第4期(2008年6月期)123億8,470万円へ拡大している。経常利益も3,408万円から7億4,836万円へ増え、連結従業員は1,082名から2,923名になった。2007年6月6日、ジャスダック証券取引所へ上場する。設立から10年、技術労働者派遣を持ってからは2年しか経っていない。新株発行により資本金は13億3,500万円から14億6,900万円へ、資本剰余金も同額の1億3,400万円増えた[16][17]

2008年10月、法人は子会社のトラスト・テックを吸収合併し、商号を株式会社トラストワークスから株式会社トラスト・テックへ変えた。3年前に買われた側の名が、買った側の名を置き換えている。2009年2月の決算説明資料は「技術者派遣の売上比率が50%を超える」と記し、請負・技能労働者派遣から始まった収益構成の逆転を確認した。1997年に相模原で登記された法人格は、このとき対外的には技術者派遣会社としてだけ認識される存在になっている[18][19]

出発点として残った障害者雇用

切り出された共生産業は消えなかった。2010年6月には第三者割当増資で資本金が2,000万円から3,000万円へ増え、同年8月時点で相模原を拠点に知的障害のある社員27名が働いている。自社ビルとトレーニングセンターを中心に、清掃・製品梱包・クリーニングなどの軽作業を担う会社として、技術者派遣の連結子会社4社の一角に並んだ。上場企業の事業説明資料には「障がい者雇用促進事業」という区分が置かれ続けた[20][21]

この会社はその後も名前を替えながら残った。2020年1月の持株会社化のとき株式会社ビーネックスウィズへ、2023年の再編で株式会社オープンアップウィズへ商号を改めている。1997年に法定雇用率のために設けられた機能は、法人格から切り離されたのち、グループの一子会社として四半世紀を越えて存続した。買収で入れ替わったのは事業であって、会社が背負った目的のすべてではなかった[22]

出典・参考

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