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エンジン認証不正の発覚と過去最大の赤字転落

2022年実施

20年に及ぶ試験データ改ざんに、トヨタ出身の小木曽聡社長はどう向き合ったか

時期 2022年3月
意思決定者 小木曽聡(社長)
論点 認証不正と経営再建
概要
2022年3月、日野自動車がディーゼルエンジンの排出ガス・燃費の認証試験で長年データを偽っていたことを公表し、主力車種の出荷停止と巨額の認証関連損失によって2022年3月期に847億円の最終赤字へ転落した経営判断。不正の公表と対応そのものが判断の核にある。
背景
排出ガスは遅くとも2003年の平成15年規制以降、燃費も2005年の平成17年規制以降、認証試験のデータ改ざんが常態化していた。適正な手順よりスケジュールや数値目標を優先する仕組みと、内向きで保守的な組織風土が温床になったとされる。
内容
2021年6月に就任した小木曽聡社長が2022年3月4日に不正を公表し、対象車種の出荷を停止。国内認証関連損失400億円・北米認証関連損失273億円などを特別損失に計上し、営業利益は黒字ながら最終損益は847億円の赤字となった。8月に特別調査委員会が報告書を出し、9月には国が型式指定を取り消した。
含意
親会社トヨタは商用車で日野自動車を単独で支えることは難しいと判断し、2023年に独ダイムラー傘下の三菱ふそうとの経営統合へ動いた。ガバナンス改革とCEO職新設が進んだ一方、損失計上はその後も続き、認証不正が一社の独立性と業界再編にまで及んだ事例となった。
筆者の見解

数字の赤字より、信頼の毀損をどう立て直すか

この経営判断の重さは、847億円という赤字の大きさそのものよりも、その赤字が自社のコンプライアンス上の失敗から生まれた点にある。営業段階では利益を出せる事業でありながら、20年にわたる認証試験の不正という積年のつけが、最終利益と会社の信頼を同時に削り取った。就任からまもなくこの局面に直面した小木曽聡社長は、自らが手を染めたわけではない過去の不正の責任を引き受け、公表と出荷停止という痛みを伴う選択を主導する立場に立たされたとみることができる。好調な本業の裏で長く隠れていた不正を、自ら表に出して事業を止める判断には、短期の業績を犠牲にしてでも信頼の回復を優先する姿勢がうかがえる。

特徴的なのは、この失敗が一社の再建にとどまらず、商用車業界の再編の引き金になった点である。トヨタが日野自動車を単独で支えることの難しさを認め、三菱ふそうとの統合へ舵を切ったことは、認証不正が企業の独立性そのものを揺るがしうることを示している。品質と認証への信頼は、商用車メーカーにとって事業の前提であり、いったん失われれば財務の損失としてだけでなく、資本の枠組みの組み替えとしても跳ね返ってくる。数字の赤字をどう埋めるかではなく、失われた信頼をどの体制で立て直すか——日野自動車の決断は、その問いを日本の商用車産業の中心へ突きつけたものとして記憶されるだろう。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

トヨタ傘下の商用車専業メーカー

日野自動車は、大型トラックと路線・観光バスを主力とする商用車の専業メーカーであり、国内のトラック市場で長く首位級の位置を占めてきた。1966年にトヨタ自動車と業務提携を結んでトヨタ陣営に加わり、2001年にはトヨタの連結子会社となって、トヨタグループの商用車事業を担う存在となった。2021年6月には、トヨタでハイブリッド車プリウスやアクアの開発を率いた小木曽聡社長が新社長に就き、親会社との連携を一段と強める体制が敷かれた[1]

20年続いた認証試験の不正

この体制のもとで2022年に明るみに出たのが、長年にわたる認証試験の不正であった。自動車メーカーは、エンジンが排出ガス規制や燃費基準を満たすことを国の型式指定の手続きで示さねばならないが、日野自動車ではこの試験データの改ざんが常態化していた。8月に公表された特別調査委員会の報告書は、排出ガスに関する不正が遅くとも2003年の平成15年規制以降、燃費に関する不正も2005年の平成17年規制以降続いていたとし、対象となる車両は2009年以降だけで約56万7000台に達すると認定した[2]

報告書は、不正が長く見過ごされた原因として、経営が現場の実態を十分に把握できず、適正な手順よりもスケジュールや数値目標が優先されやすい仕組みになっていたこと、そして「内向きで保守的な組織風土[3]」があったことを挙げた。世界的な排出ガス規制の強化と、親会社を含むグループ内の期待に応えようとする現場の圧力が、不正を温存させる土壌になったとみられる。

決断

2022年3月4日の公表と出荷停止

2022年3月4日、小木曽社長は記者会見を開き、国内向けエンジンの排出ガス・燃費の認証試験で不正があったことを公表した。あわせて、主力の大型トラック「プロフィア」、中型トラック「レンジャー」、大型観光バス「セレガ」など、不正が判明したエンジンを積む車種の出荷を停止すると発表した。トヨタグループの一員として品質を看板に掲げてきた企業が、その根幹である認証の信頼性そのものを揺るがす事態であった[4]

国土交通省は3月7日に本社と工場へ立入調査に入り、その後の調べで不正の範囲は当初の想定を超えて広がった。8月の特別調査委員会の報告に前後して、現行で生産する主力エンジン14機種のうち12機種で不正が確認され、出荷停止は一気に拡大した。2021年度の国内販売実績に照らせば、国内で売る車両のおよそ半分が出荷できない異例の事態に陥った[5]

認証関連損失の計上と最終赤字

出荷停止やリコール、燃費を偽って受けていた分の是正などに備え、日野自動車は多額の損失を計上した。2022年3月期(2021年度)の連結決算では、国内認証関連損失として400億円、北米の認証問題にかかわる損失として273億円を特別損失に計上し、加えて業績悪化に伴う繰延税金資産の取り崩しなどで347億円の税負担を計上した。その結果、当期純損益は847億3200万円の赤字となり、過去最大の赤字転落となった[6]

もっとも、この赤字は本業の不振によるものではなかった。同期の売上高は1兆4597億円と前の期から微減にとどまり、営業利益はむしろ338億円と前の期の約2.8倍に改善していた。原価改善や円安が営業段階の採算を押し上げる一方、認証不正に伴う一時的な損失が最終利益を大きく押し下げるという、内実の分かれた決算であった。赤字の主因が事業の競争力ではなく、自らのコンプライアンス上の失敗にあった点に、この決算の特徴がある[7]

結果

行政処分とガバナンス改革

事態を受けて、国土交通省は2022年9月、道路運送車両法第75条に基づく是正命令を日野自動車に出した。これは、2018年に相次いだ日産自動車やSUBARUの完成検査不正を受けて2019年に強化された制度の初めての適用であり、基準に適合しないエンジンについては型式指定が取り消された。型式指定の取り消しは、そのエンジンを積む車両を新たに生産・販売できなくなることを意味し、日野自動車の事業基盤を直接に損なった[8]

経営体制の立て直しも進められた。日野自動車は2022年12月にCEO職を新設して小木曽社長がこれを兼ね、権限と責任の所在を明確にするとともに、2023年2月には機能ごとに責任者を置くCxO制へ移行し、現場に近いところへ判断を委ねる仕組みへ組織を組み替えた。上意下達で数値目標が優先されてきた風土を改める狙いであり、報告書が突きつけた組織課題への対応が、ガバナンス改革の中心に据えられた[9]

トヨタの判断と三菱ふそうとの統合

一連の不正は、日野自動車とトヨタの関係にも転機をもたらした。トヨタは商用車事業で日野自動車を単独で支え続けることは難しいと判断し、独ダイムラートラック傘下の三菱ふそうトラック・バスとの経営統合へと動いた。2023年5月30日、ダイムラートラック、三菱ふそう、日野自動車、トヨタの4社は、三菱ふそうと日野自動車を持ち株会社のもとで統合する基本合意書を締結したと発表した。トヨタとダイムラートラックがそれぞれ25%を出資し、商用車の開発・調達・生産で対等に協業する枠組みであり、認証不正で揺らいだ日野自動車の再建を、業界再編のなかに位置づけ直す選択であった[10]

それでも、不正の後始末は長引いた。認証関連の損失や和解に伴う費用は複数年にわたって積み上がり、2023年3月期の連結最終損益は1176億円の赤字、リコールや米国での集団訴訟の和解などが響いた2025年3月期には2177億円の赤字へと膨らんだ。20年にわたって積み重ねた不正のつけは、公表から数年を経てもなお、日野自動車の経営に重くのしかかり続けている[11]

出典・参考