この判断の要諦は、商品の中身ではなく市場の切り口を変えた点にあるとみられる。ファイブスターもライトもヱビスも、キリンのラガーが作った嗜好の土俵の上で味を競い、キリンラガーに対し競争劣位に立った。びん生はラガーと原料も醸造法もほぼ同じで、熱処理をするかどうかの僅少差しかない。だがその僅少差を"生はビールの原点"という物語に仕立て、広告・設備・販売員をそこへ集中したことで、キリンが持たない土俵が生まれた。指名買いの厚い首位に正面から挑まず、拒否率の低い領域で戦場を再定義する——2番手企業の定石を、これほど徹底して実行した例は同時代でも多くなかったといえる。
ただし、その後の展開は、カテゴリーを作った者がそれを守り切れるとは限らないことも示している。サッポロが育てた"ビールは生"といううねりは市場全体の嗜好を動かし、1987年にアサヒビールが投じたスーパードライは、生であることを前提に"辛口"という次の切り口を重ねて市場を席巻した。首位奪取の夢は成らず、サッポロは1988年にドライ・ショックへの対応を迫られる側に回る。土俵を変えて挑んだ者が、変わり続ける土俵に追い越されていく——生ビール戦争の顛末は、差別化戦略の成功がいつまで持続するのかという問いを、いまも投げかけている。