野々山広三郎
サッポロビール・元取締役社長
社長就任 1967年2月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学経済学部
出自 —
社長就任までの出自
出自
1925年3月に東京帝国大学経済学部を出て、同年4月に大日本麦酒へ入社した。1946年5月に新居浜化学工業へ出向して事務部長を務め、1949年9月の日本麦酒発足で経理部長に就任した。1953年9月に理事、1957年2月に取締役経理部長委嘱、1961年2月に常務取締役経理部長委嘱、1963年2月に専務取締役へ進んだ。工場も支店も持たず、経理部長を14年にわたって預かった本社の管理畑である。
社長に選ばれた経緯
在任中の主な施策
施策
1967年6月にサッポロファイブスターを発売し、1968年4月には名古屋工場の竣工、北関東工場の生産開始、仙台工場の新設着工を並べた。朝日麦酒との合併交渉は1963年春・1965年暮・1966年春と三度流産しており、自力の設備増設で伸ばす道を採る。毎年シェアを1%ずつ上げ、創業100年の1976年までに30%以上の市場を確保する——野々山社長が掲げた目標だったが、1968年12月に国内シェアは25%を割り込んだ。1971年2月に取締役会長へ退き、副社長の内多蔵人氏が後を継いだ。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1925〜1967年
在任中の業績
就任前(FY65)908億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-