IHI 有価証券報告書の虚偽記載 工事の見積誤りが招いた過年度決算の訂正と課徴金納付命令

更新:

時期 2008年6月
当時の社長 釡和明
論点 会計・内部統制と情報開示
何をなぜ決めたか
背景

エネルギー・プラント事業は海外工事の採算悪化と国内ボイラ工事における生産の混乱を抱え、2007年3月期には330億円の営業損失を計上していた。売上と損益を工事進行基準で計上するこの事業で、事業部門による工事原価総額及び工事収益総額の見積りに誤謬が生じ、本社部門によるモニタリング体制も万全ではなかった。同じ2007年3月期には発行価格391円で普通株式143,000千株の公募増資を行ない、同年6月18日には第34回・第35回無担保社債300億円を発行している。

内容

2008年2月9日、2007年3月期に係る訂正有価証券報告書と訂正半期報告書を提出した。エネルギー・プラント事業の工事進行基準を適用する長期大規模工事について、見積原価の増加要因に対するコストダウン効果の評価を見直すべき時期や、見積原価への織り込み漏れなどの過誤が判明したためである。

訂正により売上高は13,835百万円減り、売上原価は16,408百万円増え、売上総利益・営業利益・経常利益・税金等調整前当期純利益がそれぞれ30,243百万円、当期純利益は20,418百万円減少した。当初は158億円の当期純利益だった2007年3月期は、45億円の当期純損失へ転じた。

対応

訂正報告書の提出を受け、東京・大阪・福岡・札幌の各取引所の審査を経て、内部管理体制について改善の必要性が高いと判断され、株式は特設注意市場銘柄に指定された。2008年4月18日には臨時株主総会を開き、決算訂正の概要、過年度決算の訂正に至った経緯、調査の結果、今後の対応を報告している。見積算定要領の明確化と徹底、財務部によるモニタリング体制の整備、該当工事を対象とした監査体制の整備を進め、2009年5月12日付けで指定の解除を受けた。

含意

2008年6月19日、証券取引等監視委員会は有価証券報告書等に虚偽記載があったとして、内閣総理大臣及び金融庁長官に対し課徴金納付命令を発出するよう勧告した。勧告に係る課徴金額は1,594,579,999円である。7月9日に金融庁の決定を受け、1,594百万円を金融商品取引法違反に係る損失として2009年3月期の特別損失に計上した。自社の工事がいくらの損失を抱えているかを会社自身がつかめていなかった点は、16年後の子会社IHI原動機のデータ改ざんにも通じている。

いつ何が起きたか 9件
筆者の見解
筆者の見解

数字の信頼という土台

この事案の核心は、法を犯そうとする意図の有無よりも、自社の工事がいくらの損失を抱えているかを会社自身が正しくつかめていなかった点にあるだろう。工事原価総額と工事収益総額の見積りは事業部門が握り、本社部門のモニタリングは万全ではなかった。技術で立ってきた会社が、その技術で受けた工事の採算を見誤り、しかもそのゆがみが公募増資と社債発行を挟んだ決算に表れた。当初158億円の利益として示された期が、訂正後には45億円の損失だったという落差が、そのまま曇りの大きさである。

もっとも、立て直しそのものは形になった。見積算定要領の明確化、財務部によるモニタリング体制の整備、該当工事を対象とした監査体制の整備を進め、特設注意市場銘柄の指定は1年3か月で解除されている。エネルギー・プラント事業の営業損益も2008年3月期の740億円の損失から2010年3月期には288億円の利益へ戻った。だが会計の数字で起きた「実態と開示する値の乖離」は、16年後に子会社IHI原動機の試運転記録という別の領域で再び現れた。自社の状態を正しく測り、ありのままに外へ示す——その土台の重さは、いまなお軽くなってはいないとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
発覚と対応の経緯

発覚と対応の経緯

科目 概要 備考
虚偽記載の対象 2007年3月期の開示書類 2007年3月期に係る有価証券報告書と、2006年9月中間期の半期報告書が訂正の対象になった
不正の内容 工事進行基準の見積りの過誤 エネルギー・プラント事業の長期大規模工事で、事業部門による工事原価総額及び工事収益総額の見積りに誤謬
訂正報告書の提出 2008年2月9日 2007年3月期に係る訂正有価証券報告書と訂正半期報告書を提出した
訂正による損益への影響 当期純利益が20,418百万円減少 売上高が13,835百万円減り売上原価が16,408百万円増えたことで、営業利益等は30,243百万円減少
訂正前後の当期純損益 15,825百万円の利益→4,593百万円の損失 経常損益も21,511百万円の利益から8,732百万円の損失へ転じた
特設注意市場銘柄 2009年5月12日に指定を解除 訂正報告書の提出を受け、東京・大阪・福岡・札幌の各取引所の審査を経て指定された
臨時株主総会 2008年4月18日 決算訂正の概要、訂正に至った経緯、調査の結果、今後の対応を報告した
課徴金納付命令の勧告 2008年6月19日・1,594,579,999円 証券取引等監視委員会が内閣総理大臣及び金融庁長官に対し発出を勧告した
課徴金納付命令の決定 2008年7月9日・1,594百万円 金融商品取引法違反に係る損失として2009年3月期の特別損失に計上した

出所:株式会社IHI 有価証券報告書 第191期(2008年3月期)・第192期(2009年3月期)・第193期(2010年3月期)【業績等の概要】【重要な後発事象】【監査報告書】

連結業績の推移(訂正後)

IHI:連結業績の推移(訂正後)

(百万円) 売上高経常損益当期純損益 備考
2003年3月期 1,019,0619,644△9,672
2004年3月期 1,047,441△42,466△38,354
2005年3月期 1,089,0474,2732,180
2006年3月期 1,127,07515,9085,283
2007年3月期 1,221,016△8,732△4,593 当初開示は売上高1,234,851・経常利益21,511・当期純利益15,825。訂正でいずれも減少
2008年3月期 1,350,567△30,81225,195 2008年2月9日に訂正報告書を提出。当期純利益は土地売却などの特別利益による
2009年3月期 1,388,04213,521△7,407 課徴金1,594百万円を金融商品取引法違反に係る損失として特別損失に計上
2010年3月期 1,242,70033,02717,378
2011年3月期 1,187,29251,48229,764
2012年3月期 1,221,86941,71523,823
2013年3月期 1,256,04936,21933,386
売上高と経常損益率
売上高(百万円)経常損益率(%)

出所:株式会社IHI 有価証券報告書 第186〜196期(連結・日本基準)

震源となったエネルギー・プラント事業の推移

IHI:震源となったエネルギー・プラント事業の推移

(百万円) エネルギー・プラント 外部顧客売上高エネルギー・プラント 営業損益 備考
2005年3月期 301,2216,757
2006年3月期 297,6257,045
2007年3月期 333,883△33,032 訂正後の値。この期の見積りの誤謬が過年度決算の訂正につながった
2008年3月期 371,517△74,079 海外工事の採算悪化と国内ボイラ工事における生産の混乱で損失が拡大した
2009年3月期 410,287△6,223
2010年3月期 327,94628,818

出所:株式会社IHI 有価証券報告書 第189〜193期(事業の種類別セグメント情報)

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参考文献
出典・参考
  • 証券取引等監視委員会「株式会社IHIに係る有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付命令勧告について」(2008年6月19日) https://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2008/2008/20080619.html
  • IHI 有価証券報告書「第190期(2007年3月期)」
  • IHI 訂正有価証券報告書「第190期(2007年3月期)訂正有価証券報告書・訂正半期報告書」
  • IHI 有価証券報告書「第191期(2008年3月期)【業績等の概要】【重要な後発事象】【監査報告書】」
  • IHI 有価証券報告書「第192期(2009年3月期)【業績等の概要】【連結損益計算書関係】」
  • IHI 有価証券報告書「第193期(2010年3月期)【業績等の概要】」

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