NSユナイテッド海運日本郵船による公開買付けへの賛同と、日本製鉄の持分縮小をともなう非公開化
二人の大株主のどちらに寄るか——海運集約から62年をへた資本の帰着と、上場の終わり
- 概要
- 2026年7月31日、日本郵船はNSユナイテッド海運の普通株式に対する公開買付けを実施すると発表し、同社取締役会は賛同と応募推奨を決議した。買付価格は1株10,600円、買付予定数は1,137万9,482株(48.29%)、買付総額は1,206億円を見込む。日本製鉄が保有株の一部を自己株式公開買付けに応募したのち、日本郵船83.33%・日本製鉄16.67%の2社のみが株主となり、株式は上場廃止となる見込みである。
- 背景
- 同社は1950年に日本製鐵から日鐵汽船として分離独立し、1964年の海運集約で日本郵船グループに編入された。2010年に新日鉄系の日鉄海運と合併してNSユナイテッド海運となってからは新日本製鐵(現・日本製鉄)が筆頭株主となり、日本郵船は18.35%の第2位株主として残った。鉄鋼原料の撒積み輸送を柱とするドライバルクは、運賃市況の振れが大きい事業である。
- 内容
- 独立社外取締役4名からなる特別委員会が2026年2月27日から7月30日までに15回開かれ、全員一致で本取引は一般株主にとって公正であると答申した。買付価格10,600円は基準日終値7,740円に36.95%を上乗せした水準で、みずほ証券・プルータス・コンサルティング双方のDCF算定レンジに収まる。日本製鉄は472万438株(20.03%)を1株7,676円で自己株式公開買付けに応募する。
- 含意
- 62年前に系列会社として日本郵船の傘下に入り、2010年に新日鉄系へ移った会社が、こんどは支配される側として郵船に戻る。ただし日本製鉄は16.67%を残し、持分法適用関連会社として業績を取り込みながら輸送の協力関係を保つ。2027年3月期は中間・期末とも無配となり、1951年1月に始まった上場は2027年4月中旬に幕を閉じる予定である。
62年をかけて戻った先
1964年の海運集約で日本郵船の系列に入ったとき、郵船は株主として同社を支配していたわけではなかった。2010年に新日鉄系の日鉄海運と合併したのちも、郵船は18.35%の第2位株主として残り続けている。62年にわたって関係だけを保ってきた株主が、こんどはそれを83.33%の資本に変える。系列という緩い結びつきのままでは、市況の振れる船隊も脱炭素対応の投資も分け合いきれないという判断が働いたとみられる。
ただし、完全な傘下入りではない。日本製鉄は16.67%を残し、持分法適用関連会社として業績を取り込みながら輸送の協力関係を保つ。1950年に日本製鐵から分かれて以来、この会社は荷主を株主に持ち続けてきた。株主が2社に絞られ市場から退いても、鉄鋼原料を運ぶという事業の輪郭と、2021年3月期の1,385億円から2023年3月期の2,508億円まで振れた売上の振幅そのものが変わるわけではない。
Yutaka Sugiura, 2026年8月
背景
郵船系から新日鉄系へ、二度移った資本
NSユナイテッド海運は、過度経済力集中排除法にもとづく日本製鐵の分割によって、1950年4月に日鐵汽船として分離独立した。1962年2月に東邦海運と合併して新和海運となり、1964年5月には海運再建整備法による企業集約が運輸大臣の確認を受けて完了し、日本郵船グループの系列会社となった。製鉄会社を出自としながら、資本の系列は郵船側に置かれる。この二重性が、その後の資本構成を長く規定した[1]。
郵船系と新日鉄系の関係は、2000年代後半に反転する。2008年3月、新日本製鐵が業務上の連携を強化するとして株式を買い増し、2010年10月には郵船系の新和海運と新日鉄系の日鉄海運が合併してNSユナイテッド海運が発足した。筆頭株主の座は新日本製鐵に移り、日本郵船は18.35%を持つ第2位株主として残る。合併から16年、この並びは動かなかった[2][3]。
鉄鋼原料に寄りかかった収益と、運賃市況の振れ
同社は外航130隻・内航81隻を運航し、製鉄原料の撒積み輸送とLPG輸送、内航海運を柱としている。2026年3月期の連結売上高は2,298億円、営業利益は205億円で、連結従業員は669名であった。荷主の中心には筆頭株主の日本製鉄があり、鉄鋼原料の長期輸送契約が収益の土台を成していた。株主と顧客が同じという構造は、1950年の分離独立以来変わっていない[4]。
もっとも、ドライバルクは市況の振れが大きい。日本郵船は同事業を「世界経済や資源・エネルギー政策、地政学リスク等の影響を受けやすく、運賃市況の変動が大きい事業領域」と説明している。実際にNSユナイテッド海運の連結売上高は、2021年3月期の1,385億円から2023年3月期の2,508億円へ跳ね、2026年3月期には2,298億円へ戻した。長期契約はこの振幅を和らげるが、消しはしない[5][6]。
決断
特別委員会15回の審議と、7,740円から10,600円まで
検討は2026年2月に始まっている。NSユナイテッド海運は独立社外取締役4名からなる特別委員会を設け、大西節氏が委員長に、吉田正子氏・竹ケ原啓介氏・加野理代氏が委員に就いた。委員会は2月27日から7月30日までに15回開かれ、全員一致で本取引は一般株主にとって公正であるとの答申を出した。日本製鉄と日本郵船という二人の大株主を抱える会社の非公開化では、少数株主の利益をだれが代弁するかが最初の論点になる[7]。
価格の算定は二系統で行われた。会社側のみずほ証券は市場株価基準法で7,046〜7,740円、DCF法で8,277〜11,124円と算定し、特別委員会側のプルータス・コンサルティングはDCF法で8,972〜17,622円とした。委員会と会社は段階的な引き上げを求め、公開買付者から「これ以上の価格引上げは極めて難しい」との回答を得た10,600円で折り合う。基準日終値7,740円に対して36.95%の上乗せで、2010年の商号変更以降の最高値8,350円を上回る水準であった[8][9]。
日本製鉄だけが7,676円で売る設計
この取引で目を引くのは、株主によって売却価格が違う点である。日本郵船が一般株主から1株10,600円で買い取る一方、日本製鉄は保有株のうち472万438株(20.03%)を、NSユナイテッド海運自身が行う自己株式公開買付けに1株7,676円で応募する。差は1株あたり2,924円、総額にすればおよそ138億円にのぼる。日本製鉄への買付総額は362億3,400万円が見込まれている[10]。
価格差は優遇でも冷遇でもない。開示は7,676円について、日本製鉄が自己株式公開買付けに応募した場合の1株あたり税引後手取り額が、公開買付価格で応募した場合の税引後手取り額と同等になるよう設定したと説明している。法人株主が自己株式取得に応じるとみなし配当が生じ、受取配当金の益金不算入が働く。手取りで揃えるために、表面の価格を下げた設計であった[11][12]。
結果
無配となる2年と、1951年に始まった上場の終わり
賛同を決議した同じ日に、会社は2027年3月期の配当予想を取り下げた。第2四半期末・期末のいずれも剰余金の配当を行わないと決議したもので、従来予想の年295円が消えている。買付価格はいずれも配当を行わない前提で算定されていた。同じ日に2027年3月期の経常利益予想を219億円から253億円へ引き上げてもおり、増益の見通しと無配の決定が並んだ[13][14]。
手続きは長い。公開買付けの開始は競争法の審査を経て2026年11月下旬から12月下旬、日本製鉄からの自己株式取得は2027年1月上旬、臨時株主総会は3月上旬、株式併合による取引完了は4月中旬が予定されている。完了後の株主は日本郵船83.33%と日本製鉄16.67%の2社のみとなり、株式は上場廃止となる見込みである。同社が東京・大阪・神戸の各取引所に上場登録したのは1951年1月であった。本稿の時点で、公開買付けはまだ開始されていない[15][16]。
- NSユナイテッド海運 有価証券報告書【沿革】(2025年3月期・第99期)
- 日本郵船「NSユナイテッド海運株式会社の普通株式に対する公開買付けについて」(2026年7月31日)
- NSユナイテッド海運「その他の関係会社である日本郵船株式会社による当社株式に対する公開買付けの開始予定に関する賛同の表明及び応募推奨のお知らせ」(2026年7月31日・適時開示)
- 日本経済新聞(2026年7月31日)「日本郵船、NSユナイテッド海運にTOB 1200億円投じ子会社化」
- 株探(2026年7月31日)「NSユナイテッド海運、今期経常を16%上方修正、今期配当を見送り」
- 海事プレスONLINE(2026年7月31日)「日本郵船、NSユナイテッド海運をTOBで子会社化へ」