日本郵船グループへ系列編入(1964年・NSユナイテッド海運の決断)

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論点 単独経営か大手系列への参加か
NSユナイテッド海運:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
3割減資と大株主の持株30%を受け入れた、国の助成による再建への参加

何をなぜ決めたか:3割減資と大株主の持株30%を受け入れた、国の助成による再建への参加

概要

1964年5月、海運再建整備法による企業集約が運輸大臣の確認を受けて完了し、新和海運は日本郵船グループの系列会社となった。根拠の法律は1963年7月に公布・施行された「海運業の再建整備に関する臨時措置法」で、新和海運は国の助成を受けながら、郵船の系列会社として再建を進めることにした。このときの社長は渡辺一良氏である。

参加には条件が伴った。整備計画を達成するため、1964年1月に資本金を3割減らし、39億2000万円から27億4400万円とした。同じ1964年3月末、日本郵船の持株は1,648万5,208株、比率は30.03%に達し、2位の八幡製鉄と富士製鉄(各5.10%)との差を大きく広げた。

背景

新和海運は、1962年2月に日鐵汽船が東邦海運を合併して生まれた会社である。日本郵船は集約の前から筆頭株主で、1963年3月末に887万9,800株、11.33%を持っていた。1964年3月末の所有船腹は34隻・34万5,896重量トンで、外航が事業の74%、内航が21%を占めた。

ところが合併後の業績は、利益が残らない状態が続いた。1962年3月期から1964年3月期まで、5つの半期すべてで純利益は0、配当も0%だった。1964年3月期下期は海運業収益5,282,808千円に対して営業利益595,937千円を出したが、支払利息538,391千円などで経常利益は125,585千円に縮み、その全額を特別減価償却費に回した。

内容

集約の手続きは減資から始まった。1964年1月の3割減資は整備計画の達成のためで、資本金は1,176百万円減った。その結果、1964年3月末の発行済株式は5,488万株となった。一方で日本郵船の持株は、1963年3月末の887万9,800株から1964年3月末の1,648万5,208株へほぼ倍増し、比率は11.33%から30.03%に上がった。

これで大株主の構成も固まった。1964年3月末の上位5社は日本郵船・八幡製鉄・富士製鉄・日鉄鉱業・日本興業銀行で、合計47.90%を持った。所有者別では、その他の法人が51.99%、一般の株主が39.34%だった。郵船の持株比率は1965年3月末に30.29%、1970年3月末に30.03%で、集約後も30%前後で推移した。

含意

集約後、事業の規模は大きく伸びた。半期2期を合わせた営業収入は、1964年3月期の10,313百万円から1970年3月期には34,275百万円となり、6年で3.3倍に増えた。船隊も広がり、1969年3月末には社船48隻・91万2,953重量トンに扱船75隻を加え、計123隻・192万1,220重量トンを運航した。荷主の構成は変わらず、1967年時点でも八幡製鉄・富士製鉄・日鉄鉱業の荷物が全荷物の7割を占めた。

しかし財務の立て直しには時間がかかった。1965年3月期下期に純利益14,266千円を計上したものの、1967年3月期までの4期は利益を特別償却引当金に回し、当期利益0が続いた。返済が延滞していた借入金は1967年3月期末に完済し、1967年9月期に年6%の配当を再開した。

いつ何が起きたか 12件
考察:減資と引き換えの郵船30%
考察

考察:減資と引き換えの郵船30%

なぜ新和海運は日本郵船の系列会社を選んだのか。合併後の新和海運は、営業利益を出しても利息と償却で消え、5つの半期続けて純利益0・無配だった。自力で船隊を増やす資金は乏しく、国の助成を受けて再建するには、集約に加わるほかなかったとみられる。しかも郵船は合併の直後から11.33%を持つ筆頭株主で、資本の縁がすでにあった。縁のない中核会社の傘下に入るより、既存の筆頭株主の系列に入るほうが、株主や役員の調整は少なくて済む。郵船を選んだのは、残された選択肢のなかで最も摩擦の小さい案だったと考えられる。

もっとも、その代償は小さくなかった。1964年1月の3割減資で資本金は1,176百万円減り、郵船の持株比率は11.33%から30.03%に上がった。筆頭株主の一社だった郵船は、この時点で新和海運の資本を握る系列の中核会社に変わった。一方で、新和海運の荷物の7割は八幡製鉄・富士製鉄・日鉄鉱業から来ていた。つまり、資本は郵船、荷主は製鉄会社という2つの系列にまたがる資本・取引の構造が、この集約で固定された。再建の資金を得る代わりに、自社の資本の行方を自分だけでは決められなくなったのだろう。

結果からみれば、系列入りは再建としては成功した。営業収入は1964年3月期の10,313百万円から1970年3月期の34,275百万円へ6年で3.3倍に増え、運航船腹は1969年3月末に123隻・192万重量トンへ広がった。延滞していた借入金は1967年3月期末に完済し、同年9月期に年6%の配当を再開した。しかし郵船の持株比率は1970年3月末も30.03%で、資本の系列は再建を終えても動かなかった。財務の再建には成功し、経営の独立は取り戻せなかったという意味で、部分的な成功と判じるのが妥当である。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

NSユナイテッド海運:日本郵船の持株比率の推移

日本郵船の持株比率(%)

郵船の持株比率は集約の前後で11.33%から30.03%へ上がった

NSユナイテッド海運:日本郵船の持株比率の推移
(%) 日本郵船の持株比率 備考
1962年3月期 11.3 合併直後の3月末。日本郵船は887万9,000株で筆頭株主
1963年3月期 11.33
1964年3月期 30.03 1月に3割減資。郵船の持株は1,648万5,208株に増加
1965年3月期 30.29 1964年5月に企業集約が完了し、郵船グループの系列会社に
1967年3月期 30.04
1969年3月期 30.03
1970年3月期 30.03
出所:日本企業要覧 1962〜1970年版「新和海運」大株主(各期3月31日現在)
出所:日本企業要覧 1962〜1970年版「新和海運」大株主(各期3月31日現在)

NSユナイテッド海運:営業収入と純利益の推移

営業収入(百万円)

営業収入は1964年3月期から6年で3.3倍の34,275百万円に増えた

NSユナイテッド海運:営業収入と純利益の推移
(百万円) 営業収入純利益 備考
1963年3月期 9,4980
1964年3月期 10,3130 1月に3割減資。両半期とも純利益0・無配
1965年3月期 11,18814 企業集約が完了した期。下期に合併後初の純利益
1966年3月期 13,2170 利益を全額特別償却引当金に回し当期利益0
1967年3月期 16,2570 期末に延滞していた借入金を完済
1968年3月期 19,623184 1967年9月期に年6%の配当を再開
1969年3月期 26,185207
1970年3月期 34,275326 下期の純利益は百万円単位の開示(164)で合算
出所:日本企業要覧 1964〜1971年版「新和海運」最近の業績(半期決算の3月期と前年9月期を合算)
出所:日本企業要覧 1964〜1971年版「新和海運」最近の業績(半期決算の3月期と前年9月期を合算)
参考文献

参考文献

参考
  • NSユナイテッド海運 有価証券報告書(2015年3月期)【沿革】
  • 日本企業要覧 1964年版「新和海運」会社概況
  • 日本企業要覧 1964年版「新和海運」大株主・役員の略歴
  • 日本企業要覧 1965年版「新和海運」最近の資本変動
  • 日本企業要覧 1963年版「新和海運」大株主
  • 日本企業要覧 1964年版「新和海運」事業所・事業内容
  • 日本企業要覧 1964年版「新和海運」最近の業績・損益計算書
  • 日本企業要覧 1964年版「新和海運」大株主・株式の所有者別状況
  • 日本企業要覧 1965年版・1970年版「新和海運」大株主
  • 日本企業要覧 1964年版・1970年版「新和海運」最近の業績
  • 日本企業要覧 1969年版「新和海運」会社概況
  • 日本企業要覧 1965年版「新和海運」最近の業績
  • 日本企業要覧 1968年版「新和海運」最近の業績
  • 日本企業要覧 1967年版「新和海運」業況
  • 日本企業要覧 1967年版「新和海運」会社概況
  • 日本企業要覧 1964年版「新和海運」大株主
  • 日本企業要覧 1962〜1970年版「新和海運」大株主(各期3月31日現在)
  • 日本企業要覧 1964〜1971年版「新和海運」最近の業績(半期決算の3月期と前年9月期を合算)
  • NSユナイテッド海運 有価証券報告書「2015年3月期【沿革】」

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