筆者の見解
危機のなかで動いた転換の含み
この決断の核心は、二期連続の最終赤字という守勢のなかで、量から質へと経営モデルを組み替える選択をした点にある。首位ブリヂストンと同じ基準で価格と量を競っても競争劣位に立つという構造認識は1960年代から指摘されていたが、それを実際の商品と資本構成の転換にまで落とし込んだのは、業績が底を打った1978年から1981年にかけてであった。追い込まれてから動いたのではなく、追い込まれたことを転換の号砲にしたのだろう。
もっとも、1991年の特集記事が伝えているのは、独自路線の完成形ではなく、なお緊張をはらんだ途上の姿である。ブリヂストンは1年遅れながらも対抗商品"ポテンザ"を投入し、宣伝力でADVANをトップブランドの座から押し戻しにかかっていた。ADVAN発売とグッドリッチからの資本的独立は、横浜ゴムに独自の生存領域を切り拓いた判断であったが、その優位を維持し続けられるかは、この後も横浜ゴム自身の手にゆだねられていただろう。
Yutaka Sugiura, 2026年7月