コスモエネルギーホールディングスの株式取得と資本業務提携
水素国内最大手の岩谷産業は、なぜ石油元売りの持株会社を筆頭株主として取り込んだか
更新:
- 概要
- 2023年12月から2024年4月にかけて、岩谷産業がコスモエネルギーHDの株式を段階的に取得し、議決権20.07%を握る筆頭株主・持分法適用関連会社として資本業務提携を締結した経営判断。
- 背景
- 水素の国内最大手として先行投資を続けてきた岩谷産業に対し、コスモHDは旧村上ファンドとの株主対立を抱えており、両社は既に水素分野で協業関係を築いていた。
- 内容
- 旧村上ファンド保有株を1,053億円で一括取得して筆頭株主となり、追加取得を経て議決権20.07%に達した後、2024年4月23日に資本業務提携契約を締結した。
- 含意
- 市場は当初シナジーの不透明さに懐疑的だったが、水素ステーションの共同開業や持分法投資利益の計上により協業の成果が業績に表れ始めている。
「フルベット」の代償
発表当初、市場の反応は冷ややかであった。旧村上ファンドの株式を一括で引き取った岩谷産業の動きに対し、アナリストからは「シナジー効果が不明」との指摘が相次ぎ、株価は取得発表直後に1割近く下げた。1,000億円を超える借入を1年以内に返済する必要があるという財務構造も、増資観測を招く材料になっていたとみられる。エネルギー専門商社が石油元売りの持株会社を持分法適用会社に組み込むという組み合わせは、一見しただけでは狙いが読み取りにくいものであった。
しかし提携から半年余りで、水素ステーションの共同開業や持分法投資利益の計上という具体的な果実が見え始めている。有利子負債の増加という指摘も残るものの、「フルベット」と評された経営判断が、水素という一事業の枠を超えてコスモの燃料供給網全体を取り込む効果を持ちうるかどうかは、今後の協業の深まり方によって判断が分かれる部分とみられる。市場が当初求めた「シナジーの説明」を、提携推進委員会での協議を通じてどこまで具体化できるかが、この判断の値打ちを決めることになる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
水素国内最大手としての先行投資と体力
岩谷産業は創業者岩谷直治氏が副生水素の販売に着手して以来、水素事業を経営の柱の一つに据え、他社に先んじた投資を重ねてきた。中期経営計画「PLAN27」(2024〜2027年度)では水素事業の売上高を2030年度に2,000億円へ拡大する目標を掲げ、水素供給網の構築だけで2027年度までに1,780億円を投じる計画を示していた[1]。
間島寬社長は2022年8月のインタビューで「水素への先行投資を維持する体力を持っている」[2]と述べ、商用化の見通しが立たない段階でも投資を続ける方針を明確にしていた。もっとも水素ステーション一つを整備するにも巨額の初期投資を要し、供給網を全国規模に広げるには自社単独の経営資源だけでは足りないという制約が残っていた。
コスモとの協業基盤と株主対立という好機
岩谷産業とコスモエネルギーHDは2022年3月8日に水素事業での協業検討に関する基本合意書を締結し、2023年2月には岩谷コスモ水素ステーション合同会社、同年11月にはコスモ岩谷水素エンジニアリング合同会社を共同設立するなど、資本関係を伴わない事業協業をすでに先行させていた[3]。
一方でコスモエネルギーHDは、村上世彰氏の影響下にあるシティインデックスイレブンスなど(旧村上ファンド)と1年半にわたり再生可能エネルギー事業のあり方や株主還元をめぐって対立を続けていた。旧村上ファンドがコスモ株を25%弱まで買い増す構えを見せる中、コスモは2023年12月14日に買収防衛策発動の是非を問う臨時株主総会を開く予定になっていた[4]。
決断
旧村上ファンドの保有株を一括取得
2023年12月1日、岩谷産業は取締役会でシティインデックスイレブンス・南青山不動産・野村絢氏(旧村上ファンド)が保有するコスモHD株式のほぼ全て、1,740万525株を1,053億円で取得することを決議し、同日中に株式譲渡を実行した。取得資金は三菱UFJ銀行からの1,053億円の借入で賄い、取得後の持株比率は19.93%に達した[5]。
12月14日に予定されていたコスモの臨時株主総会は、旧村上ファンドの株式譲渡を受けて中止となった。同月8日には山田茂社長のインタビュー広告が日本経済新聞に大々的に掲載されていたが、そこに岩谷産業との協業を示す記述はなく、岩谷産業の株取得が市場にとって寝耳に水だったことが浮き彫りになった。発表直後、岩谷産業の株価は7,141円から6,234円まで下落した[6]。
追加取得と資本業務提携契約の締結
公正取引委員会の審査を経て排除措置命令を行わない旨の通知を受けた岩谷産業は、2024年3月27日にコスモHD株式25万株を15億円で追加取得し、議決権保有比率を20.07%に引き上げてコスモHDを持分法適用関連会社とした[7]。
2024年4月23日、両社は取締役会決議を経て資本業務提携契約を締結し、両社代表取締役を委員長とする提携推進委員会を設置した。協業領域には水素エネルギー社会に向けたインフラ整備・国内グリーン水素製造といった脱炭素分野に加え、エネルギー調達の効率化や産業ガス・化学品分野での機能強化、顧客基盤を活用した共同マーケティングまで含めた[8]。
結果
水素ステーションの共同展開と業績への寄与
2024年4月、岩谷産業とコスモエネルギーHDは東京都大田区平和島のコスモ給油所に隣接して共同運営の水素ステーションを開業した。貯蔵能力3,000キログラムで大型トラック100台分を充填でき、1台当たりの充填時間は約10分。東京港や羽田空港に近い物流拠点が集まる地区に置き、燃料電池商用車の利用を見込んだ。間島寬社長は燃料電池トラックなど商用車への対応には水素ステーションの大規模化が求められていると述べた[9]。
業績面でも協業の効果が表れ始めた。2025年3月期第2四半期(2024年4〜9月)決算では、純利益が前年同期比25%増の150億円と4期連続で同期最高を更新し、うちコスモHDの持分法投資利益35億円が寄与した。岩谷産業は通期の純利益についても前期比14%増の540億円、10年連続の最高更新を見込んだ[10]。
- 岩谷産業 プレスリリース「コスモエネルギーホールディングス株式会社の株式追加取得及び資金の借入に関するお知らせ」(2023年12月1日)
- 岩谷産業 プレスリリース「コスモエネルギーホールディングス株式会社(証券コード:5021)の株式追加取得(持分法適用関連会社化)に関するお知らせ」(2024年3月28日)
- 岩谷産業・コスモエネルギーホールディングス「資本業務提携に関するお知らせ」(2024年4月23日)
- 週刊東洋経済 2023年12月23日号「ニュース最前線 寝耳に水の『コスモ株』取得 岩谷産業は救世主にあらず」
- 東洋経済オンライン(2022年8月)「『水素への先行投資を維持する体力を持っている』インタビュー/岩谷産業社長 間島寛」
- 日本経済新聞(2024年4月8日)「岩谷産業とコスモHDが水素ステーション開業 長距離トラックに的」
- 日本経済新聞(2024年11月12日)「岩谷産業の純利益最高更新 4〜9月決算、コスモHDの投資益が寄与」
- 岩谷産業 有価証券報告書(2024年3月期・連結)