岩谷産業 の歴代社長

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1997年2000年2010年2020年2026年

楊井立夫退任

1997年社長就任

代表取締役社長

牧野明次退任

1999年社長就任

代表取締役社長

野村雅男退任

2011年社長就任

代表取締役社長

谷本光博退任

2017年社長就任

2009年執行役員2010年取締役代表取締役社長に就任

間島寬現任

2020年社長就任

2010年執行役員2011年取締役代表取締役社長執行役員に就任
創業社長の関係
創業

1930年5月、岩谷直治氏が大阪で酸素・カーバイドを扱う岩谷直治商店を個人創業した。1945年2月の株式会社改組にあわせて初代社長となり、1985年12月に82歳で会長へ移るまで40年トップに座り続けた。創業家出身の社長はこの1代で途切れ、以後は岩谷姓の社長が出ていない。

社長登用の傾向
登用

直近20年の社長は牧野明次氏・野村雅男氏・谷本光博氏・間島寬氏の4人で、全員が新卒入社のプロパーである。歩んだ畑は産業ガス営業・エネルギー営業・電子機械といった事業ラインで、外部招聘や中途入社組の登用は一度も確認できない。財務や法務を本籍とする社長も出ていない。

社長任期の傾向
任期

創業者に次ぐ長期政権は牧野明次氏で、2000年4月の社長就任から2012年6月に会長兼CEOへ移り、2026年4月にCEOを間島寬氏へ渡すまで26年トップにあった。会長が取締役会の議長を務める規定が長期化を支えたと推定される。直近3代の社長は野村雅男氏が5年、谷本光博氏が3年、間島寬氏が6年目である。

いまの体制への含意
含意

社長は5年前後で代わる一方、代表権は会長・副会長・社長の3名に分かれ、各取締役の報酬額は同じ3名の協議で決まる。監査役会設置会社のままで取締役12名のうち社外は4名、CEOの選解任を委員会の答申を踏まえて取締役会で決める運用は検討中と開示しており、社長の座と最終決定権が一致しない体制であるように見える。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
岩谷直治(1944年就任)1944〜1985年1944年就任41年退任創業家代表取締役社長決断1953年マルヰプロパンの発売
齋藤興二(1985年就任)1985〜1997年1985年就任12年退任代表取締役社長
楊井立夫(1997年就任)1997〜1999年1997年就任2年退任生え抜き代表取締役社長
牧野明次(1999年就任)1999〜2011年1999年就任12年退任生え抜き代表取締役社長決断2002年戸建住宅撤退と水素ステーション
野村雅男(2011年就任)2011〜2017年2011年就任6年退任生え抜き代表取締役社長
谷本光博(2017年就任)2017〜2020年2017年就任3年退任生え抜き代表取締役社長に
間島寬(2020年就任)2020年〜現任2020年就任7年現任生え抜き代表取締役社長執行役員に1981年4月に岩谷産業へ入社し、2010年6月に執行役員、2011年4月に常務執行役員、2012年4月に電子・機械本部長へ就任した。2012年6月に取締役となり、2014年4月に常務取締役、2017年4月に専務取締役、2019年4月に取締役副社長執行役員を経て、2020年4月に代表取締役社長執行役員へ就任した。入社から取締役まで31年を要し、有価証券報告書に載る所有株式数は9万8,800株で、資本の裏づけを持たない昇進だった。決断2024年コスモエネルギー株取得
歴代社長の在任期間 全7代
1944年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

岩谷直治退任

1944年社長就任

代表取締役社長

齋藤興二退任

1985年社長就任

代表取締役社長

楊井立夫退任

1997年社長就任

牧野明次退任

1999年社長就任

代表取締役社長

野村雅男退任

2011年社長就任

代表取締役社長

谷本光博退任

2017年社長就任

1974年入社2009年執行役員2010年取締役

間島寬現任

2020年社長就任

1981年入社2010年執行役員2011年取締役代表取締役社長執行役員に就任

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