ブラジル2位スキンカリオールの買収と、南米ビール市場への進出
サントリーとの統合破談の翌年、三宅占二社長はなぜ成長市場へ約3,040億円を投じたか
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- 概要
- 2011年、キリンホールディングスが、ブラジル2位のビールメーカー・スキンカリオールの株式50.45%を約2,000億円で取得し、同年11月に残る株式も取得して完全子会社化した経営判断。少数株主との係争を経て買収額は合計で約3,040億円に膨らんだ。三宅占二社長の主導による成長市場への進出であった。
- 背景
- 国内ビール類市場が20年にわたり縮小するなか、キリンは1990年代末から豪州・東南アジアで大型買収を重ね、海外M&Aの総額は1兆円を超えていた。サントリーホールディングスとの経営統合交渉が破談した翌年、世界3位のビール消費量を持つブラジルへ、東南アジア・オセアニア中心の戦略を修正してでも参入した。
- 内容
- キリンは2011年8月、スキンカリオール株の50.45%を保有する持株会社の全株を約2,000億円で取得すると発表した。残る49.54%を持つ創業一族が買収の無効を主張して係争となり、キリンは同年11月に残余株式を約1,050億円で追加取得して完全子会社化した。買収額は合計で約3,040億円に膨らんだ。
- 含意
- 進出直後は好調だったブラジル事業は、まもなく市場悪化とレアル安、値上げの失敗で暗転し、シェアを2位から3位へ落とした。キリンは2015年12月期に約1,100億円を減損して上場以来初の最終赤字に転落し、2017年に事業を売却して撤退する。成長市場の魅力と、参入のタイミングの難しさがともに残った買収であった。
成長市場という誘惑と、参入のタイミング
この買収を振り返るとき、まず目を引くのは、市場そのものの魅力と、それを手にした時期のずれである。世界3位の消費量を持ち、年率10%前後の成長が語られたブラジルは、縮む国内市場を抱えるキリンにとって強い誘惑であったにちがいない。統合破談で行き場を失った海外拡大の意志が、その誘惑と重なった面もあったとみられる。ただ、飛ぶ鳥を落とす勢いに見えたBRICS景気は、進出とほぼ同時に宴の終わりへ差しかかっていた。成長市場の物語は、しばしばその高揚の頂点で最も雄弁に語られる。
もう一つは、事前の精査で見通しきれなかった現地の内実である。創業一族の対立は買収の入り口で係争を招き、投資額を当初想定から大きく押し上げた。現地に経営を委ねる従来の海外運営は、豪州や東南アジアでは機能してきたものの、勝手の異なる南米では想定外のリスクを露わにした。数字の上では約3,040億円を投じて770億円で手放した高い勉強代が残ったが、国境を越える投資の難しさは、金額の大小だけでは測りきれないところにあるのかもしれない。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
国内市場の縮小と海外への傾斜
キリンの主力である国内ビール類市場は、1994年をピークに縮小へ転じた。この20年間で市場は毎年およそ2%ずつ細り、四分の一が失われたとされる。縮む足元を補うため、キリンは1990年代末から海外事業を本格化させた。1998年に豪ライオンネイサンへ資本参加し、2007年に豪ナショナルフーズを約2,940億円で買収、2009年にはライオンネイサンを約2,300億円を追加出資して完全子会社化した。フィリピンのサンミゲルビール株の取得も含め、海外M&Aの総額は1兆円を超えていた[1]。
東南アジア・オセアニアを海外戦略の柱に据えていたキリンにとって、ブラジルは異色の対象であった。サントリーホールディングスとの経営統合交渉は2010年2月に破談し、規模拡大の受け皿を失った海外戦略は次の一手を探していた。世界3位のビール消費量を持ち、人口増加と旺盛な消費成長が見込まれる南米の大国は、BRICSの一角として飛ぶ鳥を落とす勢いにあり、戦略を修正してでも手に入れたい市場と映っていたとみられる。三宅占二氏(社長)のもとで、キリンはこの成長市場への参入へ動いた[2]。
決断
スキンカリオール株の取得
2011年8月2日、キリンはブラジル2位のビールメーカー、スキンカリオールの買収を発表した。同社株の50.45%を保有する持株会社の全株式を、約2,000億円で取得する内容であった。スキンカリオールはブラジルのビール市場で首位アンハイザー・ブッシュ・インベブ系に次ぐ位置を占め、清涼飲料も手がける現地の有力企業であった。国内で独占的なシェアを持ちながら市場の縮小に直面していたキリンにとって、10%前後の消費成長が続くとされる南米の巨大市場は、規模の踊り場を抜ける足がかりと映っていたとみられる[3]。
だが取得は円滑には進まなかった。残る49.54%を保有する創業一族の一部が、株式の売却手続きをめぐってキリンによる買収の無効を主張し、係争へ発展した。キリンは同年11月4日、この残余株式を約1,050億円で追加取得し、スキンカリオールを完全子会社化した。当初約2,000億円で始まった買収は、少数株主との対立を経て、合計で約3,040億円へと膨らんだ。事前の精査で把握しきれなかった創業家内部の対立構造が、入り口の段階から投資の重みを押し上げていた[4][5]。
結果
誤算の連鎖と、上場以来初の赤字
大枚をはたいて参入したブラジル事業は、滑り出しこそ好調だったが、まもなく暗転した。2014年夏ごろから市場環境が悪化し、キリンの販売数量も急落する。利益目標のために踏み切った大幅な値上げが裏目に出てシェアを失い、現地での順位は2位から3位へ落ちた。現地通貨レアルの急落も重なった。進出当時に1ドル=約1.7レアルだった相場は2015年末に4レアル近くまで下がり、原料や資材の多くをドル建てで輸入する事業のコストを押し上げた。2015年のブラジルキリンは、のれん等償却前営業利益で117億円の赤字に沈んだ[6]。
誤算は決算の数字となって表れた。キリンは2015年12月期にブラジル事業で約1,100億円の減損を計上し、連結の当期純利益は473億円の赤字へ転落する。前身のキリンビールが1949年に上場して以来、最終損益が赤字になったのは初めてであった。買収から4年で、成長市場への参入は上場来守り続けた黒字の記録を断つ結果を招いた。負の遺産を整理したキリンは2017年2月、子会社ブラジルキリンをオランダのハイネケンへ770億円で売却し、進出から約6年で撤退する。約3,040億円を投じた事業は、売却額770億円で手放された[7][8]。
- 週刊東洋経済 2016年3月18日号「【深層リポート 名門キリン 復活までの距離】 ブラジルの呪縛を乗り越えよ!」
- Bloomberg(2011年8月2日)「キリンHD:ブラジルビール2位買収、約2000億円-海外戦略加速」
- Bloomberg(2011年11月4日)「キリン:スキンカリオールを完全子会社化、1050億円で株式追加取得」
- 日本経済新聞(2017年2月13日)「キリン、ブラジル事業の売却発表 ハイネケンに770億円で」
- キリンホールディングス 有価証券報告書(2011年12月期・連結・JGAAP)