筆者の見解
月賦百貨店の幕引きと金融への転生
この判断の核心は、月賦百貨店という業態そのものが役割を終えつつあった時期に、創業家がどのかたちで会社の来歴に区切りをつけるかという点にあったと推察される。丸紅による一度目の輸血で資金と近代化は得たものの、小売業の専門性という肝心の欠落は埋まらなかった。二度目の輸血で緑屋が求めたのは、資金以上に"低成長を生き抜くノウハウ"であり、それを最も鮮やかに体現していた西武流通グループに、引退を控えた岡本氏は有終の美を重ねたようにも読める。劣位のまま退くのではなく、話題の中心と自らの意思で組むという体裁への配慮に、創業者の矜持がうかがえる。
結果として、緑屋が丸井を追い抜くという坂倉氏の宣言は月賦百貨店の土俵では実らなかった。だが会社そのものは消えず、西武クレジット、そしてクレディセゾンへと姿を変え、グループの信用・金融を担う中核へと生まれ変わっていく。ひとつの業態の頭打ちが、別の業態への転生の入口になった点に、この提携のその後が凝縮されている。小売で劣位に置かれた会社が金融として立ち直る道筋は、当時の当事者たちがどこまで見通していたかを問わず、後から振り返れば西武流通グループ入りという選択に胚胎していたと思われる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月