連邦型M&Aによる全国チェーン化 ── くすりの福太郎からドラッグイレブンまで
2020年実施北海道で寡占を築いた地方チェーンは、なぜ買収した会社の屋号を残したまま全国へ広げたのか
- 概要
- 2000年の北海道外進出から2020年まで、ツルハは各地の有力ドラッグストアを連続して株式取得し、買収後も屋号と経営陣を残す「連邦型」で運営することで、北海道発の地方チェーンを全国網へ広げた。手段としてのM&Aを軸に据えた十数年の成長戦略である。
- 背景
- 1990年代末に北海道内シェア約62%の寡占へ達したツルハは、道内の成長余地が細る一方で、本州以南に大きな出店余地を残していた。単独出店だけで全国化を待てば時間がかかりすぎるという事情が、M&Aによる広域化を後押しした。
- 内容
- 岩手のドラッグトマト(2000年)を皮切りに、首都圏のくすりの福太郎(2007年)、四国のレデイ薬局(2015年)、静岡の杏林堂(2017年)、九州のドラッグイレブン(2020年)まで地域別に子会社化した。屋号・経営陣・出店網は残し、POS・物流・調達など本部機能だけを被せた。
- 含意
- 買収先を塗り替えず自律を残す連邦型は、寄せ集めの拡大に陥らず、取り込んだ各社が増益を続ける結果を生んだ。この十数年で積み上げた全国網と規模が、2024年以降のイオン・ウエルシア統合の前提となった。
手段としてのM&A
この判断の核心は、地方チェーンを全国化する手段としてM&Aを選び、しかも買収先を塗り替えずに束ねた点にある。北海道の寡占で得た資金力と、狭い商圏で複数店を回すために磨いた本部機能は、そのまま他地域へ移せる資産だった。単独出店で全国網を編もうとすれば数十年を要する。ツルハは地域ごとに完成した会社を丸ごと買い、屋号と経営陣を残すことで、時間と現地の信用を同時に手に入れた。
もっとも、連邦型は放っておけば緩やかな連合にとどまり、規模のわりに一体の力を欠く危うさもはらむ。プライベートブランドの共通化や本部機能の集約は、2020年以降へ持ち越された課題となった。そして皮肉なことに、この十数年で積み上げた全国網と1兆円級の規模こそが、2024年からのイオン・ウエルシアとの統合を引き寄せた。手段としてのM&Aで首位級に育った会社が、やがて自らも再編の対象になる——その連続性のなかに、この決断は置かれている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
北海道の寡占と、残された本州の余地
ツルハは1990年代を通じて北海道内でドミナント出店を重ね、1998年5月期末には道内シェアが約62%に達していた。当時社長の鶴羽樹は、この寡占を守りではなく次の全国化の足場ととらえていた。他社から攻勢を受けにくい地盤を築いたうえで、本州へ出る余地こそが強みだと考えていた。飽和に近い道内で守勢に回るのではなく、道外の白地を取りにいく発想が、のちのM&Aの起点にある[1]。
全国化には数値目標と資金の裏づけが伴っていた。同社は「2010年に全国1,000店舗、売上高2,000億円」を掲げ、東北地方の店舗を足掛かりにドミナントを広げる方針を示した。1998年6月には株式会社ツルハが日本証券業協会に株式を店頭登録し、事業会社として資本市場に加わって、買収の元手となる調達力を得た。北海道で稼いだ利益と、狭い商圏で複数店を回す運営の型を、本州以南へ移す準備が整いつつあった[2][3]。
決断
道外1号から連邦型ロールアップへ
2000年11月、ツルハは岩手県盛岡市の株式会社ドラッグトマトを子会社化し、初めて北海道の外へ出た。翌2001年11月には川崎市の株式会社リバースを取り込んで首都圏に足場を築き、2001年2月の東証二部上場で全国M&Aの財務基盤も固めた。2005年8月には持株会社の株式会社ツルハホールディングスへ移行し、複数の買収先を並べて抱える受け皿を用意する。2007年5月、千葉県の株式会社くすりの福太郎を株式交換で完全子会社化し、首都圏の地盤を本格的に押さえた[4]。
一連の買収に共通したのは、取り込んだ会社をすぐ「ツルハ」に染め直さない手法だった。日経ビジネスは同社の型を、買収先の社名や屋号はそのままにし、社長も残留して経営を続けてもらうのが基本戦略だ、と伝えている。現地のブランド・出店網・人材を残したまま、POS・物流・調達といった本部機能だけを被せる。商圏が地域ごとに異なる小売業で、買収先の自律を保ちながら規模の利を取る「連邦型」の運営が、この時期に固まった[5]。
西日本・九州への地盤補完
2014年に鶴羽樹から社長を引き継いだ堀川政司も、この連邦型の路線を受け継いだ。2013年に広島の株式会社ハーティウォンツ、2015年に愛媛の株式会社レデイ薬局、2017年に静岡の株式会社杏林堂グループ・ホールディングス、2018年に愛知の株式会社ビー・アンド・ディーホールディングスと、西日本と東海の有力チェーンを続けて子会社化した。2020年5月にはJR九州傘下のドラッグイレブンを取り込み、数少ない空白だった九州中南部を埋めて、北海道から沖縄までのカバー網をほぼ完成させた[6][7]。
結果
全国網の完成と、増益を伴う統合
連続的な買収は規模の数字に表れた。2006年8月にグループ店舗数は500店、2012年4月には1,000店に達し、1985年の50店から27年で20倍に広がった。連結売上高も、持株会社移行後の2006年5月期の1,575億円から、2020年5月期には8,410億円へと十数年で5倍を超えた。北海道発の一地方チェーンが、業界2位の全国企業へと育っていた[8][9]。
規模を追う買収は、買収先の中身を傷めやすい。だがツルハの場合、取り込んだ各社は統合後もむしろ利益を伸ばした。日経ビジネスは2020年に、買収した各社について、すべての会社がその後に利益を伸ばしている、と報じている。屋号と経営陣を残して現地の自律を尊ぶ連邦型は、寄せ集めの拡大ではなく、一つの買収を次の買収へつなぐ好循環を生んだ[10]。
- ツルハホールディングス 有価証券報告書 第64期(2026年2月期)【沿革】
- 証券アナリストジャーナル 36(8)(日本証券アナリスト協会, 1998年8月)
- 日経ビジネス(2020年7月10日)「ツルハHD、買収6社すべてが大幅増益に」(日経BP)