三菱ロジスネクスト三菱重工業のフォークリフト事業の吸収分割による承継と、同社の連結子会社化

国内電動車専業のニチユは、なぜ格上の三菱重工業の傘下でその事業を引き受けたか

時期 2012年12月
意思決定者(推定) 二ノ宮秀明・三菱重工業(前川篤 フォークリフト事業統括取締役) 社長
論点 事業統合による規模拡大と資本関係
概要
2012年12月、三菱重工業は自社のフォークリフト事業を吸収分割で切り出し、2013年4月に日本輸送機(ニチユ)へ承継させると発表した。対価として三菱重工業はニチユ株を取得し、種類株を含めて全株式の64.75%を握って同社を連結子会社とした。ニチユは社名をニチユ三菱フォークリフトへ改め、屋内向け電動車の事業に三菱重工業の海外・エンジン車事業を重ね合わせた。
背景
三菱重工業のフォークリフト事業は、先進国で電動車が主流となるなかエンジン車を柱とし、販売台数の低迷が続いていた。一方のニチユは国内需要が頭打ちで、本格的な海外開拓が課題であった。両社は2007年の資本提携、2009年の国内販売統合と段階的に関係を深めてきた。
内容
三菱重工業がフォークリフト事業を分割してニチユへ譲渡し、対価にニチユ株を得る吸収分割である。ニチユは世界8番手だった三菱重工業の事業を引き継ぎ、売上高2000億円規模・年間販売台数6万台強へ広がった。あわせて社名を三菱の冠がついたニチユ三菱フォークリフトへ変更した。
含意
承継でニチユは国内専業から世界3位群の一角へ浮上した。連結売上高は2013年3月期の834億円から翌期に2058億円へ伸び、この規模拡大が2016年のユニキャリア買収へと続いていく。
筆者の見解

補完という言葉が言い当てたもの

この統合を、格上の三菱重工業がニチユを傘下に収めた資本再編とだけ読むと、事の芯を取り逃す。動いた事業の実体は、国内で屋内電動車を磨いてきたニチユが、海外とエンジン車という自力では届かなかった領域をひとまとめに引き受けたところにある。世界8番手にとどまり単独では成長市場へ踏み込めなかった二社が、地域も車種も重ならない弱みを互いの強みで塞いだ。前川篤取締役が「パーフェクトな補完関係」と呼んだ言葉は、規模の論理を超えて、両社が抱えていた不足を言い当てていたとみることができる。

もっとも、補完が理想どおりに働くには、承継の後に長い時間がかかった。2013年に束ねたのは資本と事業の枠組みであり、ニチユ・三菱・ユニキャリアという複数の系譜を一つのブランドと海外拠点へ整え直す作業は、2017年の三菱ロジスネクストへの改称を経てなお続いた。加えて、屋内電動車という当初の強みは、中国製のリチウムイオン電池を積んだ車両の参入で価格競争にさらされていく。世界3位群という座は承継が用意したものだが、その座を利益へ変えられるかは、統合の初年ではなく、その後の束ね直しにかかっていたとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

補完しあう二社の事情

三菱重工業のフォークリフト事業は、先進国で屋内向けの電動車が主流となるなか、伝統的なエンジン車を柱としており、逆風のもとにあった。販売台数はピークの2007年度に6万台を超えていたが、前期には4万台強まで落ち込んでいた。オランダ工場の閉鎖などのリストラで2012年度は久しぶりの黒字化を見込むものの、販売面のてこ入れ、とりわけ電動車の製品強化が欠かせない状態にあった[1]

相手方のニチユ(日本輸送機)は、屋内向けのバッテリー式電動フォークリフトを専業とし、国内では確かな地歩を築いていた。ただ地盤とする国内需要は頭打ちで、本格的な海外開拓が長年の課題であった。二ノ宮秀明社長は、会社の将来は海外をどこまで伸ばせるかにかかっているが、顧客基盤を考えると単独では難しいと述べ、三菱重工業と組んで海外販売を早期に広げたい意向を示していた[2]

世界で進む業界再編

フォークリフトの世界需要は2011年の推計で94万台前後にのぼり、新興国を背景に拡大の基調にあった。なかでも中国は20万台を超え、日本の3倍強の巨大市場へ育っていた。首位の豊田自動織機は年間17万台強を売り、2位の独キオンが続く。世界8番手にとどまる三菱重工業とニチユにとって、単独で成長市場へ踏み込むには規模の不足が重かった[3]

国内勢の再編も同じ時期に動いていた。2012年8月、官民ファンドの産業革新機構の協力のもと、日立建機と日産自動車がフォークリフト事業子会社を統合し、生産拠点の集約でコスト競争力を高めて海外でのシェア拡大をねらった。海外市場をにらんだ再編という点で、三菱重工業とニチユが描いた事業統合も同じ流れのなかにあった[4]

決断

吸収分割による事業承継

2012年12月、三菱重工業は火力発電インフラ事業での日立製作所との統合合意を公表した会見と同じ日に、フォークリフト事業の再編もあわせて発表した。同社はこの事業を分割し、2013年4月にニチユへ承継させる。対価としてニチユ株を取得し、種類株を含めて全株式の64.75%、議決権比率で49.4%を握って同社を連結子会社とする組み立てであった[5]

承継にあわせて、ニチユは社名をニチユ三菱フォークリフトへ改めた。2007年の資本提携で三菱重工業が筆頭株主となり、2009年に国内販売を統合してきた両社は、ここで開発・生産を含む事業そのものを一つに束ねた。格式を重んじてきた三菱重工業が、国内中堅のニチユを承継の受け皿に選んだ点に、規模とシェアを優先する判断がうかがえる[6]

補完関係という論理

三菱重工業のフォークリフト事業を統括する前川篤取締役は、この組み合わせを「パーフェクトな補完関係」と呼んだ。三菱重工業の事業はエンジン車が主力で売上高の約9割が海外に偏り、ニチユは国内を中心とするバッテリー式の電動車専業であった。地域と車種のいずれも重ならない二社を一つにすれば、互いの弱みを埋め合わせられるという読みがそこにあった[7]

三菱重工業は世界8番手で、2011年度のフォークリフト事業売上高は1140億円であった。その事業を引き継ぐことでニチユの売上高は2000億円規模、年間販売台数は6万台強へ膨らむ。首位の豊田自動織機や2位のキオンとの差は開いたままだが、世界3位群の一角へ浮上する見通しが立った。前川取締役は、8番手あたりで戦っていては勝てず、一挙に世界で事業を伸ばすと語った[8][9]

結果

規模拡大が数字に表れる

事業承継の効果は、連結の業績にはっきり表れた。承継前の2013年3月期に834億円だった売上高は、翌2014年3月期には2058億円へと膨らんだ。経常利益も21億円から79億円へ伸び、親会社株主に帰属する当期純利益は10億円から26億円になった。国内専業だったニチユは、エンジン車と海外の顧客基盤を得て、世界市場を視野に入れるメーカーへ立ち位置を移した[10]

承継の翌期について、当時の会社四季報は事業承継で業容が拡大したと記している。国内の販売台数は横ばいだったが、米国での需要回復と減員の効果が表れ、円安も追い風になった。エンジン車と海外拠点という三菱重工業由来の資産が、早くも収益の押し上げに働いた。屋内向け電動車で磨いた技術に海外・エンジン車を重ねる補完の狙いは、統合の初年の業績にひとまず現れた[11]

次の再編への足がかり

規模の拡大は、ここで完結しなかった。2016年3月、三菱重工グループは産業革新機構・日立建機・日産自動車が出資して設立したユニキャリアホールディングスの買収に動き、ニチユ三菱フォークリフトはその株式35%を取得する。買収総額は1100億円を超えた。背景にあった国内勢の再編が、数年を経て同社の側へ手繰り寄せられた。2013年の承継で得た2000億円規模の事業基盤が、次の買収を支える土台になった[12][13]

2017年10月にはユニキャリアの事業を吸収分割で承継し、社名を三菱ロジスネクストへ改めた。ニチユ・三菱・ユニキャリアという国内の主要な系譜が一つのグループに集まり、豊田自動織機に次ぐ国内勢の中核となった。2013年に世界8番手の事業を引き受けた選択は、その後に続いた一連の資本集約の出発点にあたる。統合で得た規模を、束ね直しを通じて収益へ変えていく作業が、ここから本格化した[14]

出典・参考

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