1937年〜 蓄電池式運搬車から電動フォークリフト専業メーカーへ
三菱ロジスネクストの業績推移
- 1937年 日本輸送機を設立
- 1937年 蓄電池式機関車・運搬車の生産販売を開始
- 1940年 本社を移転
- 1958年 日本初のリーチ式バッテリーフォークリフト生産開始
- 1961年 東京証券取引所市場第二部、大阪証券取引所市場第二部・京都証券取引所に上場
- 1970年 無人搬送車生産開始
- 1971年 東京証券取引所、大阪証券取引所の市場第一部銘柄に上場指定替
日本輸送機の設立と電動車専業としての確立
1937年8月、大阪市西淀川区で㈱日本輸送機製作所[1]の事業を継承した日本輸送機㈱が設立され[2]、蓄電池式機関車・運搬車の生産販売を開始した。3年後の1940年8月には京都府乙訓郡(現・京都府長岡京市)へ本社を移し[3]、以後この地を生産と経営の拠点とする。戦後の物流近代化とともに構内運搬機械の需要が広がるなか、同社は電池で駆動する電動車を軸に据え、当時主流だったエンジン式とは異なる道を選んだ。排気ガスを出さず屋内でも扱いやすい電動車は、倉庫や工場の構内物流に適していた。この電動への集中が、のちの三菱重工業との補完関係を生む素地となった。
- 三菱ロジスネクスト 有価証券報告書【沿革】
- [1]1937年8月に日本輸送機が設立された
- [2]設立地は大阪市西淀川区で、㈱日本輸送機製作所の事業を継承した
- [3]1940年8月に京都府乙訓郡(現・長岡京市)へ本社を移転した
1958年7月、同社は日本初のリーチ式バッテリーフォークリフトの生産を始め[4]、屋内作業で排気ガスを出さない電動フォークリフトの分野を切り開いた。倉庫や工場の狭い通路で荷を扱うリーチ式は、電動車の強みが活きる用途であり、同社の技術的な特色を決定づける製品となる。エンジン式が量の世界で先行するなか、日本輸送機は国内の屋内物流という土俵で電動車専業メーカーとしての立ち位置を固めた。
- 三菱ロジスネクスト 有価証券報告書【沿革】
- [4]1958年7月に日本初のリーチ式バッテリーフォークリフトの生産を始めた
- 三菱ロジスネクスト 有価証券報告書【沿革】
- [1]1937年8月に日本輸送機が設立された
- [2]設立地は大阪市西淀川区で、㈱日本輸送機製作所の事業を継承した
- [3]1940年8月に京都府乙訓郡(現・長岡京市)へ本社を移転した
- [4]1958年7月に日本初のリーチ式バッテリーフォークリフトの生産を始めた
株式上場と無人搬送車で広げた事業基盤
高度経済成長のもとで構内物流の機械化が進み、電動フォークリフトの需要は伸びた。1971年2月には東証・大証の市場第一部銘柄へ指定替[5]えとなり、上場企業としての格を上げた。
- 三菱ロジスネクスト 有価証券報告書【沿革】
- [5]1971年2月に東証・大証の市場第一部へ指定替えとなった
1970年5月には無人搬送車の生産を開始し[6]、決められた経路を自動で走る搬送機の技術に早くから取り組んだ。工場や倉庫の省人化に応える無人搬送車は、電動車で培った制御の知見を土台とする製品であり、フォークリフトに次ぐ事業の柱となった。工場の自動化が進むにつれて、その重みは年を追って増した。この時期に蓄えた無人搬送と自動走行の技術は、半世紀を経て同社が無人搬送車や自動化のソリューション事業を成長軸に掲げる際の源流となった。国内市場の成熟という壁に直面しながらも、電動と自動化という二つの軸で、同社は次の時代への布石を打った。
- 三菱ロジスネクスト 有価証券報告書【沿革】
- [6]1970年5月に無人搬送車の生産を開始した
- 三菱ロジスネクスト 有価証券報告書【沿革】
- [5]1971年2月に東証・大証の市場第一部へ指定替えとなった
- [6]1970年5月に無人搬送車の生産を開始した