東京精密の歴史
沿革
1949年に東島好蔵氏が設立した東京精密工具が起源。
1953年に高圧流量式空気マイクロメータを日本で初めて工業化し、1992年には米シリコンテクノロジーの買収で半導体のウエハ加工装置へ進んだ。半導体製造装置と計測機器の二本柱で、売上の8割近くを半導体側が占める。
1949年〜東京精密工具の設立と空気マイクロメータの日本初工業化
- 前身の東京精密工具を設立[3]
- 諫早良三氏が社長に就任[4]
- 鉱山用スチールビットと各種精密部品の製作販売を開始[5]
- メカニカルゲージを応用した測定器の製作販売開始[6]
- 空気マイクロメータの工業化[3]
- 高城誠氏が社長に就任[6]
- 復興闘争委員会の設置で企業解散を回避[4]
- 第一精機を設立[6]
- 差動変圧式電気マイクロメータの日本初工業化に成功[3]
- 世界初のゲルマニウムペレット厚さ自動選別機を開発[6]
- シカゴ国際見本市に電気マイクロメータを出品[7]
- 差動変圧器を利用した自動定寸装置の研究で明石記念賞を受賞[5]
- 製造部門を4課に整理して課別独立採算制を導入[7]
- 米国RCA社と輸出契約を締結[7]
- 米国テクニ・ライト社を通じて対米輸出を開始[5]
- 表面粗さ測定機を開発[6]
- 東京精密に商号変更[3]
- 東京証券取引所市場第二部に株式を上場[8]
- 日本初のウェーハスライシングマシンを開発[6]
- 八王子工場第一期工事完成[3]
- 日本初のウェーハプロービングマシンを開発[6]
- 中国と電気・空気マイクロメータのプラント技術輸出契約を締結[6]
- シェフィールド社と技術・販売提携契約を締結[9]
- 真円度測定機を開発[6]
- 八王子工場第二期工事完成[3]
- 売上高
筆者所見
空気マイクロメータの工業化は、研究室の成果の売り込みではなく、顧客の検査部門の要求を引き取った受注開発だった。1952年春、高城誠氏はトヨタ検査部が空気マイクロメータの国内試作先を探していると聞き、試作研究費も契約もない条件で許諾を得た[1]。工具の下請けが計測機器の供給者へ転じる入口は、量産工場の検品工程にあった。手本としたシェフィールド社とは1966年8月に技術・販売提携を結んだ[2]。無償の試作が、顧客の工程から製品を選ぶ開発の原型になった。
- [1]東京精密三十年史 1979年「一章 東京精密工具の誕生と空気マイクロメータ」
- [2]東京精密三十年史 1979年「三章 本格的発展期を迎えて」
1969年〜土浦の三次元座標測定機専用工場と東証一部指定
- 日本初の三次元座標測定機を開発[6]
- アフターサービス担当の東精エンジニアリングサービスを設立[3]
- 土浦工場第一期工事完成[8]
- ウェーハダイシングマシンを開発[6]
- 八王子工場本館完成[3]
- 三浦明氏が社長に就任[6]
- 土浦工場に三次元座標測定機専用工場が竣工[3]
- ソフトウェア開発担当のトーセーシステムズを設立[3]
- 今澤五郎氏が社長に就任[6]
- 東京証券取引所市場第一部銘柄に指定[3]
- 技術研究所を設立[6]
- 輕部昭三郎氏が社長に就任[6]
- ドイツにTOKYO SEIMITSU EUROPE GmbHを設立[3]
- TOKYO SEIMITSU AMERICA INC.を設立[8]
- 売上高
- 経常利益率
筆者所見
東京精密は1969年から、計測機器と半導体製造装置という性格の異なる二事業を並べて育てた。1969年に日本初の三次元座標測定機を、1970年にウェーハダイシングマシンを開発した[6]。機械工業向けの測定機と半導体向けの加工装置は需要の波が重ならず、片方の不振を他方が補う構成になった。1981年8月には土浦に三次元座標測定機の専用工場を竣工させた[3]。計測を主軸、半導体を副軸に置いた配分が、1992年の米社買収で比重を入れ替える前提を作った。
- [6]東京精密 公式サイト「沿革」(2026年10月)
- [3]有価証券報告書(2025年6月20日)
1992年〜SILICON TECHNOLOGY買収による半導体製造装置への傾斜
- 大坪英夫氏が社長に就任[6]
- TSKサービスセンターを開設[6]
- 第一精機をマイクロテクノロジに商号変更[6]
- SILICON TECHNOLOGY CORPORATIONを買収[3]
- 北京駐在事務所を開設[6]
- TOKYO SEIMITSU (MALAYSIA) SDN. BHD.を設立[6]
- 八王子・土浦両工場でISO9001の認証取得[6]
- 三門峡中原量儀と合弁で三門峡中原精密を設立[6]
- 独カールツァイス社と精密測定機器分野で全面提携[6]
- 子会社統括管理目的でTSK AMERICA INC.を設立[3]
- 新竹市にテクニカルセンターを開設[6]
- TOKYO SEIMITSU (ISRAEL) LTD.を設立[6]
- TOKYO SEIMITSU (SINGAPORE) PTE. LTD.を設立[6]
- 東精エンジニアリングの名古屋新工場が完成[6]
- 八王子第2工場が竣工[3]
- 北米地域TSK AMERICA INC.を存続会社とし米国内子会社4社を統合合併[3]
- 子会社マイクロ・テクノロジをウェーハ外観検査装置の生産担当として増資・組織変更[3]
- 子会社東精エンジニアリングの土浦本社・工場が竣工[8]
- 米国ナノリソ社・エンジェルラボとの共同出資でリープルを設立[6]
- 八王子工場新本館完成[3]
- 子会社東精エンジニアリングが東京証券取引所二部上場[8]
- 東精精密設備(上海)有限公司を設立[3]
- 八王子第3工場・土浦新本館完成[3]
- 株式交換で子会社東精エンジニアリングを完全子会社化[8]
- 韓国の旧子会社をACCRETECH KOREAとして増資・組織変更[3]
- 三鷹光器と非接触センサで技術提携[6]
- 子会社東精エンジニアリングの土浦半導体工場が竣工[3]
- 北米の販売拠点として米国支店を開設[3]
- 本店所在地を東京都三鷹市から東京都八王子市へ変更[3]
- Tokyo Seimitsu (Thailand)を設立[6]
- 八王子第5工場が竣工[3]
筆者所見
1992年に大坪英夫氏が社長に就任して以降、東京精密は半導体と計測で逆向きの施策を採った。1992年10月に米国のSILICON TECHNOLOGY CORPORATIONを買収し、1995年には独カールツァイス社と精密測定機器分野で全面提携した[3][6]。伸びる半導体には資本を投じて拠点を持ち、成熟した計測では欧州の老舗の技術と販路を借りる配分である。半導体製造装置へ経営資源を傾ける構図は、1992年の買収を起点に定まった。
- [3]有価証券報告書(2025年6月20日)
- [6]東京精密 公式サイト「沿革」(2026年10月)
2012年〜精密切断ブレード事業の譲受と飯能工場の竣工
- 「ACCRETECH Application Center」を開設[6]
- インドネシア駐在員事務所を開設[6]
- ACCRETECH AMERICA INC.を設立[3]
- 精密切断ブレード事業を事業譲受により開始[8]
- ACCRETECH Vietnamを設立[6]
- 非接触センサ「Opt-measure」の販売開始[6]
- PT. ACCRETECH Indonesiaを設立[6]
- 吉田均氏が社長CEOに就任[6]
- 非接触三次元表面粗さ・形状測定機「Opt-scope」の販売開始[6]
- 土浦工場でJISQ9100の認証を取得[6]
- 八王子第6工場完成[3]
- レーザーグルービング装置でパナソニックファクトリーソリューションズと協業[6]
- 高精度CNC三次元座標測定機「XYZAX AXCEL」販売開始[6]
- マルチステージプローバ「AltaProv」販売開始[6]
- 富士通テレコムネットワークス福島の株式取得で子会社化[3]
- SCHMITT INDUSTRIES INC.のバランサ事業を買収[8]
- 西日本の販売・サポート拡充のため大阪営業所を改装開設[3]
- 土浦工場MI棟完成[8]
- 子会社ACCRETECH TAIWAN CO.LTD.の新社屋が完成[3]
- 台湾新アプリケーションセンタを設立[3]
- 吉田均氏が会長CEOに就任[6]
- 木村龍一氏が社長COOに就任[6]
- 東京証券取引所プライム市場へ移行[3]
- 飯能工場が竣工[3]
- 東精エンジニアリング名古屋工場竣工[6]
筆者所見
2012年からの東京精密は、装置の売り切りに、稼働に連動する消耗品の収益を重ねる体制へ転換した。2012年8月に精密切断ブレード事業を事業譲受で取得した[8]。ウェーハを切る刃を自社で持てば、装置の稼働台数がそのまま刃の需要になる。2017年にはレーザーグルービング装置でパナソニックファクトリーソリューションズと協業し、刃を使わない加工の技術を外部から補った[6]。刃と光の両方を手元に置く布陣は、加工方式の転換で受注を失わないための備えと言える。
- [8]有価証券報告書
- [6]東京精密 公式サイト「沿革」(2026年10月)