{
  "spec_version": "3",
  "endpoint": "history",
  "stock_code": "7729",
  "company_name": "東京精密",
  "content_lang": "ja",
  "meta_lang": "en",
  "canonical_url": "https://the-shashi.com/tse/7729/",
  "api_url": "/api/7729/history.json",
  "updated": "2026-09-04",
  "license": "© 2026 Yutaka Sugiura. All rights reserved.",
  "attribution": "The社史 (the-shashi.com) — https://the-shashi.com/tse/7729/",
  "title": "東京精密の歴史概略",
  "summary": {
    "title": "サマリー",
    "text": "",
    "description": "東京精密（旧東京精密工具）の歴史。1949年、東島好蔵氏が東京で切削工具メーカーとして設立。1953年の高圧流量式空気マイクロメータの日本初工業化から精密測定機器と半導体分野へ広がるまでの沿革と経緯を執筆。"
  },
  "eras": [
    {
      "title": "切削工具からマイクロメータへ ── 精密測定の専業化",
      "start_year": 1949,
      "end_year": 1991
    },
    {
      "title": "半導体製造装置事業の成長と親子上場解消",
      "start_year": 1992,
      "end_year": 2010
    },
    {
      "title": "計測・半導体二本柱経営と新中期経営計画",
      "start_year": 2010,
      "end_year": 2025
    }
  ],
  "founding": [
    {
      "start_year": 1949,
      "end_year": 1991,
      "main_title": "切削工具からマイクロメータへ ── 精密測定の専業化",
      "subsections": [
        {
          "title": "戦後復興と精密測定機器メーカーの出発点",
          "text": "東京精密工具の源流は、1939年に日本電力の子会社として設立された東京航空機械にさかのぼる。同社は戦時中、豊川海軍工廠の専属工場として切削工具の納入を担い、戦後もその切削工具製造の技術を引き継いだ。この前史を母体に、1949年3月、前身となる東京精密工具株式会社が資本金160万円で設立された。設立当初の事業は、ミシン加工用の切削工具・精密部品・治具類の製作販売である。戦後復興期の日本では、米軍進駐に伴う繊維・縫製工業の急速な立ち上がりと、復興期の機械工業の再建が同時並行で進んでおり、ミシン加工・繊維機械向けの精密部品需要が高水準で安定して存在していた。創業期の同社はこうした周辺領域から事業を始め、加工精度を極限まで追い込む『切削工具屋』としての出自を持つ。\n\n切削工具屋として出発した同社は、1950年10月に鉱山用スチールビットおよび各種精密部品の製作販売を、翌1951年9月にはメカニカルゲージを利用した各種測定器の製作を始め、切削工具から測定器へと業容を広げた。創業期の同社が精密測定機器メーカーへと事業を組み替えていく転換点となるのが、1953年1月の『高圧流量式空気マイクロメータ』の日本初工業化である。空気流量を介して微小な寸法差を非接触で測定する空気マイクロメータは、当時の日本では学術研究にとどまり、工業製品として供給する企業はなかった。同社はこの工業化に成功し、ミクロン単位の寸法管理を要する自動車・電機・精密機器産業へ納入を始める。続いて1957年10月には『差動変圧式電気マイクロメータ』の日本初工業化にも成功した。空気式に続く電気式の量産化で、工具を削る事業から、その工具を測る装置の事業へと主力製品が一段上へ組み替わった。\n\n電気マイクロメータの工業化に続き、1959年4月には差動変圧器を利用した自動定寸装置の研究で精機学会から明石記念賞を受けるなど、測定技術の評価も高まった。1960年7月には三鷹本社工場新館（恒温恒湿の変温室を備える）が完成して生産力が強化され、1961年10月には米国テクニ・ライト社を通じて対米輸出を開始するなど、生産・販路の両面で足場を固めた。こうした蓄積を経て、1962年4月には商号を東京精密工具から『東京精密』へと改称し、同年8月に東京証券取引所市場第二部に株式を上場する。創業から13年で資本市場へのデビューを果たし、戦後復興期の精密測定機器需要を取り込んだ事業立ち上げが、上場を経て外部資本の関与する企業形態へ移行した節目となった。",
          "references": [
            {
              "title": "企業の歴史 : 明治百年（経済春秋社編, 1968）",
              "year": null,
              "month": null,
              "date": null,
              "url": null,
              "quotes": []
            },
            {
              "title": "東京精密 有価証券報告書（沿革）",
              "year": null,
              "month": null,
              "date": null,
              "url": null,
              "quotes": []
            }
          ]
        },
        {
          "title": "八王子・土浦の生産二極化と座標測定機専用工場",
          "text": "1963年12月に八王子工場第一期工事が完成し、1967年2月には第二期工事も完成して、東京西部の八王子に主力生産拠点を集約する体制が整った。1969年7月には茨城県土浦市に土浦工場第一期工事が完成し、八王子（東京西部）と土浦（北関東）の二極生産体制が成立する。八王子はマイクロメータ・電気マイクロメータなどの汎用精密測定機器、土浦は座標測定機（CMM = Coordinate Measuring Machine）を中心とする住み分けで、製品特性に応じた生産配置が次の20年にわたる生産インフラの基本となった。1971年1月に八王子工場本館が完成し、本社機能も含めた生産・管理の集約が一段進む。創業期の切削工具事業から始まった同社は、この時期までに精密測定機器の専業メーカーとしての形を固めることとなった。\n\n1981年8月、土浦工場に三次元座標測定機（CMM）の専用工場が完成する。CMMはプローブで対象物の表面座標を測定し、立体形状を数値化する装置で、自動車エンジン部品・航空機部品・金型などの寸法検査に用いられる高付加価値機種である。日本国内ではミツトヨが先行していたが、東京精密は独自の機械構造とソフトウェアで差別化を図り、座標測定機事業の専用拠点を持つことで生産集中の効率を得た。1985年10月には子会社『トーセーシステムズ』を設立してソフトウェア開発機能を独立法人化、ハードウェアとソフトウェアの両輪体制を組織的に整える。1986年9月には東京証券取引所市場第一部銘柄に指定された。1962年の二部上場から24年を経ての一部昇格は、座標測定機事業の本格的な収益寄与によって市場規模が拡大局面に入った成熟企業としての評価が反映された節目である。",
          "references": [
            {
              "title": "企業の歴史 : 明治百年（経済春秋社編, 1968）",
              "year": null,
              "month": null,
              "date": null,
              "url": null,
              "quotes": []
            },
            {
              "title": "東京精密 有価証券報告書（沿革）",
              "year": null,
              "month": null,
              "date": null,
              "url": null,
              "quotes": []
            }
          ]
        },
        {
          "title": "西独・米国法人設立と海外市場参入",
          "text": "1989年は同社の海外展開元年となった年である。3月に西ドイツに TOKYO SEIMITSU EUROPE GmbH を設立して欧州拠点を構え、続いて10月には米国に TOKYO SEIMITSU AMERICA INC. を設立して米州拠点も立ち上げた。欧米2極に同年内に販売拠点を設置する展開は、当時の日本の精密機器メーカーとしては積極的な動きであり、現地のユーザー（自動車・電機メーカーの工場品質管理部門）への直販体制を確立する狙いを反映している。日米貿易摩擦期にあたり、北米市場で日本製の精密測定機器に対する関税圧力が高まる局面でもあり、現地法人化することで関税回避と現地サポート強化の両方を狙う構図でもあった。\n\n1992年10月、米国の SILICON TECHNOLOGY CORPORATION（STC）を買収する。半導体ウェーハの加工装置を手がけるSTCの買収で、東京精密は精密測定機器事業に加えて半導体製造装置事業に本格進出した。創業から43年、空気マイクロメータの工業化から39年を経て、同社は精密測定機器（計測社）と半導体製造装置（半導体社）の2軸経営体制への入口に立った形となる。1989年の欧米拠点設立から3年でのSTC買収という展開は、海外販売網の確立と並行して海外生産能力も取り込む方針の表れで、以後の同社の経営史を決定づける戦略選択であった。当時の半導体製造装置市場は東京エレクトロン・アドバンテストらが先行する寡占構造で、後発の東京精密は北米企業の買収によって既存技術と顧客基盤を取り込む道を選んだ点が特徴的である。",
          "references": [
            {
              "title": "企業の歴史 : 明治百年（経済春秋社編, 1968）",
              "year": null,
              "month": null,
              "date": null,
              "url": null,
              "quotes": []
            },
            {
              "title": "東京精密 有価証券報告書（沿革）",
              "year": null,
              "month": null,
              "date": null,
              "url": null,
              "quotes": []
            }
          ]
        }
      ]
    }
  ],
  "overview": [
    {
      "label": "創業",
      "text": "1949年3月、東島好蔵氏が資本金160万円で東京精密工具株式会社を設立した。源流は1939年に日本電力の子会社として設立された東京航空機械で、戦時中は豊川海軍工廠の専属工場として切削工具を納めており、その技術を戦後へ引き継いでいる。設立当初の商売はミシン加工用の切削工具・精密部品・治具類の製作販売だった。1951年9月にメカニカルゲージを使う測定機へ品目を広げ、1953年1月には高圧流量式空気マイクロメータを日本で初めて工業化する。1962年4月に商号を東京精密へ改め、同年8月に東京証券取引所第二部へ上場し、1986年9月に第一部銘柄へ指定された。"
    },
    {
      "label": "決断",
      "text": "切削工具から測定機へ移り、買収でまた加工装置へ戻った。1953年1月に[高圧流量式空気マイクロメータを日本で初めて工業化した](/tse/7729/decisions/air-micrometer-shift-1953/)。工具をつくる会社は、自社が仕上げた寸法を測る装置の会社へ移った。1957年10月には差動変圧式電気マイクロメータでも日本初の量産に成功し、1981年8月に土浦工場へ三次元座標測定機の専用工場を建てた。加工の側へ戻ったのは1992年10月で、半導体製造装置が東京エレクトロンやアドバンテストの先行する寡占だったため、自前開発ではなく米シリコンテクノロジーの買収でウエハ加工装置と北米の顧客を一度に取り込んでいる。消耗品にあたる精密切断ブレードも2012年8月に事業譲受で加えた。自前で作らず買って揃えた順序が、現在の売上の8割近くを半導体側へ寄せた。"
    },
    {
      "label": "現況",
      "text": "二つの事業と言いながら、利益の8割は半導体側から出ている。2026年3月期の売上高1,668億円のうち半導体製造装置が1,279億円、計測機器が390億円を占める。営業利益は半導体製造装置284億円・利益率22.2%に対し計測機器53億円・13.7%で、全社337億円の84%を半導体側が生んだ。2023年7月には八王子・土浦に続く第3の生産拠点として飯能工場を建て、2025年度から始めた中期経営計画は半導体製造装置を1,400億円規模へ広げる目標を置く。計測社出身の吉田均会長CEOと半導体社出身の木村龍一社長COOを並べた体制が、規模の開いた二つの事業を同じ重みで扱う形を保っている。"
    },
    {
      "label": "競合",
      "text": "同じ工程を争う相手とは、装置ではなく刃物の側で差がついた。ウエハを切断し研削する工程では[半導体用ダイシングソーを自社開発したディスコ](/tse/6146/decisions/dicing-saw-1975/)が世界の7割を握る。1937年創業の砥石メーカーであるディスコが砥石・装置・使い方を一社で抱える体制を1975年に作ったのに対し、東京精密は1992年に米シリコンテクノロジーの買収で装置の側から入り、消耗品にあたる精密切断ブレードを加えたのは2012年だった。2026年3月期の売上高1,668億円はディスコの4,369億円の4割に満たず、全社の営業利益率も20.2%とディスコの42.3%に22ポイント及ばない。装置を買って入った会社と、消耗品から装置へ上がった会社の差が、同じ工程の利益率にそのまま残っている。"
    }
  ],
  "profile": [
    {
      "key": "founding_business",
      "label": "祖業",
      "value": "ミシン加工用の切削工具・精密部品"
    },
    {
      "key": "current_issue",
      "label": "現在の注力課題",
      "value": "半導体製造装置1,400億円への拡大",
      "tags": [
        "増産投資",
        "新製品開発"
      ]
    }
  ],
  "auditVersion": 3,
  "foundingStory": true
}
