アドバンテスト富士通の全株売却による資本関係の解消と独立経営への移行
- 概要
- 2017年11月、富士通が退職給付信託を通じて保有するアドバンテスト株の全て(議決権ベースで第2位の11.35%、約2,014万株)を約530億円で売却し、1976年の救済出資以来およそ40年続いた両社の資本関係が終わった。アドバンテストは特定の親会社を持たない独立経営へ移り、資本の使い道を自ら決める立場を得た。
- 背景
- 1976年、経営危機のタケダ理研(現アドバンテスト)に富士通が資本参加し、社長の派遣・原価管理の導入から最大顧客までを担って再建を主導した。上場後も富士通は主要株主として資本と人事に関与し、2005年に大半を売却して後退したのちも、退職給付信託を通じて議決権の1割ほどを持ち続けた。
- 内容
- 富士通は2017年2月に富士電機との株式持合いの解消を発表し、資本効率と株主利益の観点から主要株主との持合いを見直す方針を掲げていた。同年11月6日、残るアドバンテスト株の全てをみずほ証券に売却し、みずほ証券が直ちに市場へ転売した。売却代金は2〜3年かけて年金の掛け金に充てる。
- 含意
- 救済のために入った親会社が約40年後に去り、アドバンテストは資本のつながりから離れた。半導体メーカーの設備投資に業績が振れる事業の性格は変わらないが、稼いだ現金を再投資に回すか株主へ戻すかを、親会社の意向に縛られず自社で決める立場を得た。
筆者の見解
入った親会社が去り、独立が残した問い
この売却の芯は、救済のために入った親会社が約40年後に去り、アドバンテストが特定の親会社を持たない会社になった点にある。1976年、倒れかけたタケダ理研を富士通が引き受けたとき、富士通は出資者であり、社長の派遣元であり、ICテスタを買う最大顧客でもあった。その三役が同時に会社を支えた再建は、日本の技術ベンチャー救済の一つの型を示した。だが同じ関係は、資本の使い道を親会社との間で測るという制約も伴っていた。入るときに与えられた後ろ盾は、40年をかけて役目を終えた。
2005年に大半を、2017年に残る全株を手放した富士通の側から見れば、かつて情義で決めた救済出資は、資本効率と株主利益を優先する時代の要請のなかで整理する対象へ変わった。売却代金を年金の掛け金に充てるという使い道が、その割り切りをよく表している。一方のアドバンテストは、独立とともに、半導体メーカーの設備投資に業績が振り回される古くからの課題を、こんどは自らの判断だけで抱えることになる。稼いだ現金を次の技術へ投じるか株主へ返すか——親会社の去った後に残されたこの問いに、独立経営としてどう答えを出すかが、その後の歩みを分ける。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
同じ問いに直面した会社
- 富士通(2005年2月22日)「ファナック株式及びアドバンテスト株式売却に関するお知らせ(東京証券取引所におけるToSTNeT-2による売却)」
- 富士電機・富士通(2017年2月7日)「主要株主との株式持合いの見直しについて」
- アドバンテスト 有価証券報告書(2017年3月期・2018年3月期)【大株主の状況】
- アドバンテスト 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】