アドバンテストの決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

持っていなかったのは技術ではなく、原価を数える仕組みだった。1973年の石油危機で1975年3月期に創業以来初の赤字となり、借入金は50億円を超えた。1975年6月に武田郁夫氏は社長を退任し、翌1976年2月に富士通が救済出資に応じた。1977年に富士通から迎えた海輪利正氏は機種別の原価管理を導入し、営業の現場判断による値引きを禁じ、赤字の元だったミニコン計測器から撤退してICテスタへ経営資源を集中した。売上高に占める新製品の比率は1976年の4%から1981年に45%へ上がり、1983年2月に東京証券取引所第二部へ上場する。2017年11月には富士通が残る全株式を約530億円で売却し、約40年の資本関係が終わった。原価を数える仕組みを外から入れたことが、研究所上がりの零細企業を上場企業へ変えた。

免責事項およびポリシー