1954

タケダ理研工業株式会社を設立

歴史的意義
技術偏重と経営管理の欠如が共存した創業20年の帰結

タケダ理研の創業は、技術者が大企業の空白地帯を突くベンチャーの原型といえる。横河電機ら先発3社が占める市場に3名で参入し、ニッチ製品の高価格販売で生存圏を確保した構図は、後のハイテクベンチャーに共通する。だが、研究開発偏重モデルはICテスタという主力事業を生む一方で、原価管理の不在という構造的弱点も内包していた。技術で市場を拓き経営管理で躓く展開は、創業者主導の研究開発型企業が直面する典型的課題を示している。

背景

通信省の研究者による計測器ベンチャーの創業

1954年、通信省電気試験所に勤務していた武田郁夫氏は30歳で独立し、タケダ理研工業(現アドバンテスト)を愛知県豊橋市に創業した。創業メンバーは武田氏を含む3名であり、事業領域には日立や三菱など大手メーカーが積極的に手がけていなかった電子計測器の分野を選定した。武田氏の祖父は明治時代に豊橋鉄道や発電会社を創業した実業家・武田賢治氏であり、実家からの資本的な支援が創業を後押ししたと推察される。

ただし、創業時点の国内計測器市場には横河電機・山武ハネウェル・北辰電機の3社が戦前から参入しており、タケダ理研は後発の位置づけであった。こうした環境下で武田氏は、大手が関心を示さないニッチ領域に特化し、他に類似品がない独自製品を高価格で販売する研究開発型の経営モデルを構築した。その技術力は米国GEの副社長が来訪するほど高く評価され、通産省からも多額の研究開発補助金を獲得するに至った。

決断

研究開発偏重の経営モデルとICテスタへの事業転換

武田氏は「商売が下手だったから技術を武器にするしかなかった」と後に述懐しているが、この姿勢がタケダ理研の競争優位を形成した。価格競争を避けて技術の独自性で市場を切り拓く方針を徹底し、代替品のない計測器を高価格で販売することで、零細ながらも研究開発型ベンチャーとして着実に成長した。1960年代にはミニコンピュータを活用した計測器の開発にも着手し、コンピュータ計測という新領域の開拓を図った。

1972年には通産省の補助金を得て4年の開発期間を経た国産初のICテストシステム「T320」を発売し、半導体検査装置の分野に参入した。電卓やカラーテレビ向けICの検査需要を取り込み、計測器メーカーからICテスタメーカーへと事業構造を転換する足がかりとした。だが、研究開発偏重で経営管理を軽視した代償は大きく、1975年のオイルショックを契機に赤字へ転落し、武田氏自身も社内クーデターによって創業した会社を追われることとなった。