アレコデータの判断は、新商品の投入というより、売り物の定義を変える作業であった。タイムレコーダーは1932年に1台280円で売り始めた機械で、値段も寿命もはっきりしている。対してコンピューター就業管理は、機器と計算と保守をまとめて売る商売で、中身は顧客ごとに変わる。国内シェア70%という有利な位置にいながら、自ら売り物を作り替えにいった点に、この判断の性格がうかがえる。
創業者が80歳で社長に戻った理由を、社史は本人の言葉で残している。タイムレコーダーとコンピュータを結ぶ、それをやったら若い人に後を任せる、と天野修一氏は語った。実際には1976年12月に86歳で死去するまで社長を務め、後任の菅原正氏は就任2カ月後の1977年4月に役員定年制の内規を定めている。海軍工廠で買った英国製のタイムスタンプがすぐ割れた、という小さな不満から始まった会社は、2026年3月期に売上の23.6%を情報システムで、52.7%をパーキングシステムで稼いだ。割れる機械そのものの比率は1.3%である。