アマノ米パイオニア エクリプスとシンシナティ タイムの連続買収による北米基盤の確立
26年かけて自前で作った北米を、既存の米国メーカー2社を買って組み替える
- 概要
- 1990年3月に米国パイオニア エクリプス(清掃機器・溶剤)を、1991年12月に米国シンシナティ タイム(時間管理機器・パーキングシステム)を、いずれも米国デラウェア州に設けた持株会社を通じて買収した判断。
- 背景
- アマノの北米進出は1964年7月のニューヨーク現地法人に始まり、1978年12月にはカリフォルニア州アナハイムで米国向けタイムレコーダーの生産を始めていた。1989年4月に販売と生産の2社を合併し、1990年3月に持株会社を設けている。
- 内容
- 買った2社はいずれも米国の老舗であった。シンシナティ タイム レコーダーは1896年設立で、P&G創業者の一人ジェームズ・ギャンブル氏の出資で生まれた会社、パイオニア エクリプスは1970年にプロパン駆動の床磨き機で創業した会社である。
- 含意
- 1992年10月、シンシナティ タイムが自前の現地法人アマノ エレクトロニクス オブ アメリカを吸収合併し、アマノ シンシナティへ商号を変えた。2025年3月期の北米売上高は235億98百万円、連結売上高の13.4%を占める。
1896年の社名を残した買い手
この2件の買収でアマノが選んだのは、自前で26年かけた現地法人を主役から降ろすことであった。1989年に生産と販売を合併させ、翌年に持株会社を設け、その持株会社で買った会社に既存の現地法人を吸収させている。順序を追うと、株式を持つ会社と受け皿となる事業会社を整えてから相手を選ぶ段取りを踏んでいたとみられる。清掃機器のパイオニア エクリプス、時間管理機器とパーキングのシンシナティ タイムという組み合わせも、国内で並走していた事業構成をそのまま北米に写したものであった。
買収の相手が老舗であったことも、その後の運び方を左右した。1896年にシンシナティで生まれた時計会社は、買収から34年たった今もアマノ シンシナティの名でオハイオ州に残り、日本の親会社の社名は後ろに付いている。2025年3月期の北米売上高は235億98百万円、連結売上高の13.4%である。日本の中堅精密機械メーカーが海外で規模を作る方法として、輸出と現地生産に26年、買収に2年という時間配分がここに記録されている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
輸出から現地生産まで、26年かけた北米
アマノの北米事業は、買収の26年前に始まっている。1964年7月、米国ニューヨーク市に子会社アマノ タイムシステムを設立した。1977年1月にアマノ アメリカへ商号を変え、1978年12月にはカリフォルニア州アナハイムへ子会社アマノ アメリカ マニュファクチュアリングを設け、米国向けタイムレコーダーとタイムスタンプの生産を始めた。輸出で足場を作り、販売会社を置き、そこへ工場を足すという順序をたどっている[1]。
1980年代の終わりに、その北米が二度組み替えられた。1989年4月、生産を担うアマノ アメリカ マニュファクチュアリングが販売を担うアマノ アメリカを吸収合併し、商号をアマノ エレクトロニクス オブ アメリカへ改めた。生産と販売を1社にまとめた翌年の1990年3月、米国デラウェア州に子会社株式の保有を目的とする持株会社アマノ インターナショナル USA を設立した。株式を持つための会社を先に用意してから、買収に入っている[2]。
買う相手は、どちらも米国の老舗であった
シンシナティ タイム レコーダーは1896年に設立された会社である。P&Gの創業者の一人であったジェームズ・ギャンブル氏が出資し、拡大する米国製造業の需要に応えるタイムクロックを作ることを目的に生まれた。映画の全盛期にはクリアトーン ラジオを作り、第二次大戦中は兵器の信管やタイマーを作りながら、時間記録機器の設計と製造という本業から離れなかった。1966年にはタイムスタンプの機構を開発しており、これが駐車場管理という商売の始まりにあたる[3]。
もう一方のパイオニア エクリプスは1970年、ウィリアム・H・ウィルソン氏が床の手入れをする顧客の人件費を減らすため、プロパン駆動の床磨き機を開発して創業した会社である。アマノ自身は1981年に西独HAKO WERKE社と業務提携し、1982年7月に清掃機器を発売して同じ市場へ入っていた。参入から8年で、米国側の製造元を買う話になった[4][5]。
決断
持株会社を通じた2件の買収
1990年3月、アマノは持株会社を通じて米国パイオニア エクリプスを買収した。有価証券報告書は同社を清掃機器・溶剤の生産及び販売会社と記し、公式の沿革は所在をノースカロライナ州、目的をクリーン事業の拡大と書いている。持株会社の設立と買収の実行がどちらも1990年3月にあたる。清掃機器はアマノにとって参入8年目の商品で、国内では集塵機を主力とする空気系事業の延長にあった[6][7]。
1年9カ月後の1991年12月、同じ持株会社を通じて米国シンシナティ タイムを買収した。有価証券報告書はこの会社を、タイムレコーダー等の時間管理機器およびパーキングシステムの生産・販売会社と記している。清掃機器に続いて、アマノの祖業そのものと重なる領域の会社を買った。国内では同じ1991年10月に、細江工場の生産を委託していた子会社の東海アマノを吸収合併しており、国内外で会社の数を整理する時期が重なっている[8]。
買った会社の側に、自前の会社を寄せる
買収の翌年、北米の法人格が入れ替わった。1992年10月、子会社となったシンシナティ タイムが、アマノが自前で育ててきたアマノ エレクトロニクス オブ アメリカを吸収合併し、商号をアマノ シンシナティへ改めた。1964年以来の現地法人を存続会社にせず、買ったばかりの会社を存続会社に選んでいる[9]。
残ったのは1896年からの社名であった。米国の顧客にとって時間記録機器の会社はシンシナティ タイムであり、その名と販売網を消さずに社名へ残す選択をしている。同社は現在もオハイオ州ラブランドに拠点を置き、アマノ シンシナティとして時間管理機器を売っている。1990年代のアマノのM&Aは米国案件が中心で、欧州・アジアは拠点の設立が中心という違いも、この時期に定まった[10]。
結果
買収が連鎖する
2件の買収は、その後30年以上続く連鎖の先頭になった。1996年4月に米国アキュタイムを買収、2006年9月に米国インダストリアル タイム&システムを買収、2007年6月には米国テリー マクギャン&アソシエイツを買収してアマノ マクギャンへ商号を変えた。マクギャン&アソシエイツは1982年、テリー・マクギャン氏が駐車場向けの受託開発ソフトを作るために設立した会社である。2010年2月には米国アキュタイム システムズとアキュテック システムズを買収した[11][12]。
清掃機器の側でも同じことが起きた。2014年3月、アマノ パイオニア エクリプスが米国ニルフィスク・アドバンス社から木材床研磨機器部門の事業を譲り受けた。2018年2月には、アマノ マクギャンがサービス トラッキング システムズ社のバレーパーキング事業を譲り受けている。買われた会社が次の買い手になり、北米の3事業はそれぞれ自力で相手を探した[13]。
北米の現在
買収から30年余りを経た2025年3月期、アマノの北米売上高は235億98百万円で、連結売上高に占める割合は13.4%であった。前期の198億円・12.9%から3,798百万円の増加にあたる。北米はアジアの412億93百万円に次ぐ規模で、欧州と並ぶ海外事業の柱となっている[14]。
2026年3月期は北米のパーキングシステムが増収となり、黒字となった。1990年に買った清掃機器、1991年に買った時間管理機器とパーキングシステムという3つの商品群が、そのまま今日の北米の商品構成として残っている[15]。
- アマノ 有価証券報告書(2006年3月期)【沿革】
- アマノ 有価証券報告書(2025年3月期)【海外売上高】
- アマノ 有価証券報告書【沿革】
- アマノ「沿革」(公式サイト)
- Amano Cincinnati, Inc.「Our History」(公式サイト)
- アマノ 第110期事業報告 AMANO BUSINESS REPORT(2026年3月期)