バーバリー喪失後の構造改革——岩田功社長による脱百貨店への転換
主力を失い過去最大の赤字に沈んだ卸売型アパレルは、人員と売場をどこまで削り、百貨店依存から何へ舵を切るのか
更新:
- 概要
- 2017年2月、岩田功新社長のもとで三陽商会は新中期経営計画を発表し、EC・直営店の強化と自社ブランド投入、不採算売場からの撤退を柱とする構造改革を進めた。バーバリーのライセンス喪失で過去最大の赤字に沈んだ後、百貨店への卸売依存から脱しようとした再建策である。
- 背景
- 1970年からライセンス販売してきたバーバリーは全国の百貨店に売場を持つ収益の柱であったが、2015年6月末に契約が終了した。2016年12月期は売上高676億円・営業損益84億円の過去最大の赤字に転落し、2013年に続く2度目の希望退職で約250人が会社を去った。
- 内容
- 2017年元日に就任した岩田功社長は、同年2月の新中期経営計画で自社EC「サンヨー・アイストア」の拡大と直営店の強化、ライセンスに頼らない自社ブランドの投入を掲げた。マッキントッシュ ロンドンなどでバーバリー跡地の売場を継承しつつ、不採算売場からは聖域を設けず撤退を進める方針であった。
- 含意
- しかし再建は実らず、2019年度は4期連続の営業赤字となる見通しとなり、岩田功社長は経営責任を取って2020年1月にヒラの取締役へ退いた。構造改革の課題は、次の大江伸治体制による粗利率重視の再生へ引き継がれた。
筆者見解
岩田功社長の中期経営計画は、EC・直営・自社ブランドという処方それ自体が的を外していたわけではなかった。むしろ問題は着手の遅さにあったとみることができる。バーバリー社が見直しを伝えた2009年から契約終了までの5年余り、花形部門の温存を優先して自社ブランドへ資源を移せなかったツケが、主力ブランドの消失と同時に噴き出した。改革派の登板は、傷が深くなってからの登板であった。
卸売型アパレルにとって百貨店は、優良顧客への近道であると同時に、売場の維持コストと店頭売上重視の商習慣という制約でもあった。三陽商会が2度の希望退職と売場撤退で身を削りながらも黒字に届かなかった事実は、販路の組み替えが人員や店舗の削減だけでは完結しないことを示しているといえる。この重い課題が次体制へどう受け継がれたかは、大江伸治体制の再生とあわせて見る必要がある。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
バーバリーという収益の柱
三陽商会は1970年から英バーバリーのライセンス商品を扱い、全国の百貨店に約300の売場を構える収益の柱となるブランドへ育てた。バーバリーは地方百貨店でとりわけ売上比率が高く、圧倒的な知名度を持つ看板であった。正確な販売金額は開示されてこなかったが、店頭の全売上の過半はバーバリー関連が占めていたとみられ、同社の成長はこの一枚看板に大きく寄りかかっていた[1]。
転換の遅れと契約終了
2007年に就任した杉浦昌彦社長はバーバリー事業部長を経た紳士服営業の出身で、有能な人材はバーバリー事業部に張り付いたままであった。自社ブランドのテコ入れに資源を振り分けるべきときも花形部門への優遇が続き、事業転換は遅れた。バーバリー社が契約見直しを伝えたのは2009年で、終了の前兆は5年以上前からあったが、2014年5月に2015年6月末での契約終了が正式に決まった[2]。
決断
過去最大の赤字と2度目の希望退職
バーバリーの秋冬商品が消えた2016年12月期、三陽商会の売上高は前期比30%減の676億円、営業損益は84億円の過去最大の赤字に沈んだ。同社は同年6月、40歳以上を対象に全体の2割にあたる約250人の希望退職を募った。2013年に創業以来初の希望退職を「最初で最後」と説明していたが、その約束は3年で破棄され、249人が年末までに会社を去った[3][4]。
岩田新体制の中期経営計画
2016年12月に杉浦昌彦社長が業績不振の責任を取って辞任を表明し、2017年元日に経営統轄本部長の岩田功氏が社長へ就いた。岩田氏は2005年から経営企画を担い、以前から事業転換を主張してきた改革派で、社内で適任者を探した末に白羽の矢が立った。楽観論のもとで転換が遅れた前体制に代わり、火中の栗を拾う形での登板であった[5]。
岩田功社長は2017年2月の新中期経営計画で、百貨店に偏った販路を組み替える方針を掲げた。自身が2008年に立ち上げを主導した自社ECサイト「サンヨー・アイストア」を軸に品ぞろえを強化し、直営店の出店も進める。新ブランドはライセンスではなく自社ブランドとし、既存商品より2割ほど価格を抑えた展開も視野に入れた。バーバリー跡地はマッキントッシュ ロンドンなどで継ぐ一方、不採算売場は基幹ブランドでも聖域を設けず縮小する構えであった[6]。
結果
再建の停滞と4期連続赤字
しかし転換の芽が出るまで主力の百貨店向け衣料が持ちこたえられるかが問われた。全国百貨店の衣料品売上は前年割れが続き、バーバリーのマークが外れた売場は売上が3分の2以下に落ちた例もあった。2019年7月末に立ち上げた20〜30代向けの新ブランドも、低価格ファッションが浸透した若い世代には価格が合わず、計画した売上に届かなかった。同年10月末、三陽商会は2019年度の通期予想を6億円の営業黒字から18億円の赤字へ下方修正した[7]。
岩田社長の退任と次体制へ
4期連続赤字の見通しを受け、岩田功社長は経営責任を取って2020年1月1日付でヒラの取締役へ退いた。就任からわずか3年で、EC・直営・自社ブランドへの転換を掲げた再建は結果を残せなかった。百貨店との消化仕入れに根ざした卸売モデルは、売場の維持にかかる人件費や在庫がアパレル側の収益を圧迫する構造にあり、しがらみを断ち切っても前途は険しかった。構造改革の課題は、次に社長へ就く大江伸治氏の粗利率重視の再生へ引き継がれた[8][9]。
- 週刊東洋経済 2014年10月24日号「核心リポート04 脱『バーバリー』依存 浮沈かかる三陽商会」
- 週刊東洋経済 2017年3月25日号「深層リポート 三陽商会の窮地 堕ちた名門アパレルの内幕」
- 週刊東洋経済 2019年11月23日号「ファストファッション新時代 オンワード、三陽商会、レナウン 百貨店名門アパレルの懊悩」
- 三陽商会 有価証券報告書(2016年12月期・連結)
- 三陽商会 有価証券報告書(2020年2月期・連結)