ワークマン 「データ経営」への転換 土屋哲雄氏の参画と、あわせて掲げた「しない経営」への転換
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何をなぜ決めたか
- 概要
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作業服専業で堅実だが成長の伸びしろが限られていたワークマンが、2012年に三井物産出身の土屋哲雄氏を招き、勘と経験の商売を全社員がデータで動かす"データ経営"へ、そして無理な拡大や過度な数値目標に頼らない"しない経営"へと作り替えた経営判断。のちの新業態を生む土台になった。
- 背景
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ワークマンは職人向け作業服で全国網を築いたが、市場の伸びしろは限られていた。創業家の会長・土屋嘉雄氏は次の成長の担い手として、三井物産出身で当時60歳の甥・土屋哲雄氏を、最高情報責任者(CIO)として招いた。
- 内容
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参画当時のワークマンにはデータがほとんどなかった。土屋哲雄氏は人材採用からデータの蓄積と分析を強化し、全社員がExcelでデータを扱う体制を構築した。同時に、社員に無理を強いない"しない経営"を掲げ、急拡大や過度なノルマで社風を壊さないことを両立させた。
- 含意
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数字で市場を捉える力が、客層拡大の模索を経て2018年のWORKMAN Plus、2020年の#ワークマン女子という新業態を生んだ。単体売上高は2014年3月期の481億円から2025年3月期の997億円へ伸び、データ経営は作業服の外へ広がる推進力になった。
いつ何が起きたか 5件
筆者の見解
「しない」ことと、データで「する」こと
この転換の核心は、相反する二つの原則を同時に置いた点にある。データ経営は、勘と経験を数字で置き換える徹底した"する"経営である。一方の"しない経営"は、急拡大やノルマで社員を追い立てない"しない"経営である。多くの企業変革は、数値目標を課して現場を締め上げる方向へ傾きがちだが、ワークマンは逆に、数字を徹底して使いながら、人には無理をさせなかった。土台をデータで固め、挑戦は無理のない速さで積む。この組み合わせが、専業企業の変革を長続きするものにした。
ワークマンの歩みは、変革に急がないことの効き目を示している。2012年に土屋哲雄氏が入ってから、WORKMAN Plusが跳ねる2018年まで、目立つ新業態は生まれていない。その数年は、データの土台を築く助走だった。すぐに成果を求めれば、この助走は削られていたかもしれない。安定した本業があるうちに、時間をかけて次の力を仕込む——"しない経営"とデータ経営の両輪は、成熟した専業企業がどう次の成長を用意するかという問いに、一つの答えを与えている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
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参考文献
- ワークマン 有価証券報告書(単体業績)