英ボーダフォンによる日本テレコムの子会社化 ── 固定通信と携帯J-フォンの外資支配

世界最大の携帯資本はなぜ日本テレコムを丸ごと呑み込んだのか ── 固定と携帯の双方が外資の世界戦略に組み込まれた通信の地殻変動

更新:

時期 2001年9月
意思決定者 クリス・ジェント ボーダフォン・グループ社長
論点 外資による固定・携帯の一体支配と世界戦略への組み込み
概要
2001年、契約者数1億人超の世界最大の携帯電話会社である英ボーダフォンが、公開買付を軸とする段階取得で日本テレコムの議決権66.7%を握り、傘下の携帯電話J-フォンと国鉄由来の固定通信網を一挙に支配下に置いた経営判断。固定と携帯の双方が、世界25カ国に広がる外資の携帯戦略の内側へ組み込まれた。
背景
通信自由化で生まれた日本テレコムは、鉄道の沿線光ファイバー網を継ぐ固定通信の一極と、携帯J-フォンという移動体の第3勢力を併せ持っていた。時価会計と持ち合い解消でJR各社が株を放出し、過剰負債の欧州通信勢も保有株を手放すなか、その資産が海外大手の垂涎の的となった。
内容
ボーダフォンは2001年前半にJR西日本・東海と米AT&T、5月にBTの保有株を取得し、9月の公開買付で持株比率を45%から66.7%へ引き上げた。累計で1兆円を超す資金を投じ、村上春雄社長を会長へ退けてボーダフォン日本総代表を社長に据え、経営の指揮権まで本国へ移した。
含意
だがVodafone 3Gの世界共通端末は写メールと絵文字で独自進化した日本市場と噛み合わず、契約者は純減した。ボーダフォンは固定通信をソフトバンクへ、2006年には携帯本体もソフトバンクへ手放す。外資支配の完成と撤退という通信の地殻変動の一断面となり、この携帯の系譜が現ソフトバンク(9434)へ連なった。
筆者の見解

呑み込んだ市場を持て余すということ

この買収の面白さは、世界最大の携帯資本が資金力にあかせて日本の固定と携帯を一挙に呑み込みながら、その市場の作法を最後まで御しきれなかったところにある。時価会計と持ち合い解消で株が市場へ放出され、過剰負債の欧州勢が売り手に回るという好機に、ボーダフォンは1兆円を超す資金で支配権を買い取った。だが写メールと絵文字に象徴される日本独自の進化は、世界共通の端末とブランドの論理には収まりきらなかった。

もう一つ見えるのは、外資支配の完成と撤退がほぼ地続きだったことである。66.7%の掌握から完全子会社化、そして撤退までは5年に満たない。ボーダフォンが持て余した固定と携帯は、いずれも孫正義社長のソフトバンクが引き取り、日本市場向けに作り直して価格とiPhoneで立て直した。世界の標準を持ち込む資本と、その特殊性を利に変える資本の差がどこにあったのかは、通信の地殻変動を経たいまも問いとして残っているとみることができる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

固定と携帯を併せ持つ通信グループという資産

日本テレコムは、国鉄が線路沿いに敷いた基幹光ファイバー網を承継して生まれた新電電の一角であり、NTT、KDDに次ぐ固定通信の一極を占めていた。1991年に設けた携帯子会社は1999年にJ-フォンへ統一され、ドコモ、auに続く移動体の第3勢力へ育っていた。固定の物理網と携帯子会社を併せ持つ二層構造が、この会社の企業価値の中核をなしていた[1]

JR各社などの安定株主は、2001年3月期から始まる時価会計と持ち合い解消の圧力を受けていた。JR西日本と東海はすでに日本テレコム株をボーダフォンへ売却し、15.1%を握るJR東日本の株にも、簿価約200億円に対し時価約2100億円という含み益が積み上がっていた。国際的な通信再編のただ中で、日本テレコムの株は海外大手の垂涎の的となっていた[2][3]

「投資銀行が経営する携帯電話会社」の対日戦略

買い手のボーダフォンは、クリス・ジェント社長のもとでUBSウォーバーグやゴールドマン・サックスを駆使し、世界各国のキャリアを次々に買収して膨らんだ、契約者1億人超の世界最大の携帯電話会社であった。過剰負債にあえぐ欧州勢のなかで財務の傷みも浅く、日本市場はNTTドコモと世界で渡り合ううえで欠かせない最後の空白地とみなされていた[4]

ボーダフォンが日本テレコム傘下のJ-フォンに求めたのは、iモードに対抗する携帯インターネット「J-スカイ」のノウハウと、シャープやNECが磨いた小型高性能のカラー端末であった。一方でBTや仏・独テレコムなど欧州通信勢は、3G免許料の暴騰で過剰負債に沈み、保有する日本テレコム株を手放す側に回っていた。売り手と買い手の事情が、外資による支配へ向けて重なった[5][6]

決断

累計1兆円を超える段階取得

ボーダフォンの取得は一度の買収ではなく、数カ月にわたる段階取得であった。2001年前半にJR西日本・東海と米AT&Tから株を買い集めて筆頭株主となり、5月2日にはBTが持つ日本テレコムとJ-フォングループの株式を6523億円で取得すると発表した。約4カ月のうちに累計およそ1.1兆円を投じ、日本テレコム株の45%とJ-フォン持株会社の46%を握った[7]

仕上げが2001年9月の公開買付であった。1株45万円で最大21.7%を買い付け、日本テレコムの議決権比率を45%から66.7%へ引き上げ、10月に経営権を掌握した。国鉄の通信網を継いだ固定通信と、写メールで契約を伸ばした携帯J-フォンの双方が、この一手で世界25カ国に広がる外資の携帯戦略の内側へ組み込まれた[8][9]

世界戦略への組み込みと経営陣の刷新

ジェント社長は記者会見で「対ドコモ戦略は法人市場強化がカギ」と語り、個人向けのJ-フォンと法人向けのボーダフォンを併存させるダブルブランドを描いた。日本総代表のウィリアム・モローは、携帯電話から社内情報システムへ接続させ、企業の構内交換機と連携して携帯を内線として使わせるといった欧州仕込みの法人サービスの導入を掲げた。まずは世界二強として、国内でNTTドコモと正面から対峙する構図をつくろうとした[10][11]

経営陣も入れ替わった。2001年11月、日本テレコムはボーダフォン日本総代表のウィリアム・モローを12月21日付で次期社長に据えると発表し、外資受け入れを決めた村上春雄社長は会長へ、会社の生みの親である坂田浩一会長は退任した。買収からわずか数カ月で、資本だけでなく経営の指揮権までもが、海外の親会社の側へ移った[12]

結果

グローバル端末の挫折と純減

ブランドはJ-フォンからボーダフォンへ塗り替えられ、2003年から世界共通のVodafone 3G端末が投入された。だが欧州の規格と仕様に最適化された端末は、写メールや絵文字、二つ折りの形状といった日本市場の作法と噛み合わなかった。カメラ付き携帯で一時はauを抜いて2位に立ったJ-フォンも、ドコモとauの追撃で伸び悩み、親会社ボーダフォンの業績と株価は日本の子会社に多くを依存する状態に陥った[13]

巻き返しを狙うJ-フォンはプリペイドや料金値下げの奇策に走ったが、収益性の悪化と背中合わせであった。契約は純減の月が続き、ボーダフォンは2004年7月の追加公開買付で持株比率を96.1%へ高め、2005年8月に上場を廃止して完全子会社とした。市場の監視が外れ本国の意向がそのまま経営へ届いたが、日本市場との溝は埋まらなかった[14][15]

固定と携帯、いずれもソフトバンクへ

携帯を世界戦略の中心に据えるボーダフォンにとって、固定通信は主戦場の外にあった。2002年に持株会社体制へ移して固定の日本テレコムを事業会社として切り出し、純資産を4053億円と見積もる固定通信事業は、東京電力との売却交渉が流れたのち米投資会社リップルウッドの手に渡り、2004年にはソフトバンクが約3400億円で取得した[16][17]

残った携帯事業も、外資の手には負えなかった。2006年、ボーダフォンは日本法人を約1兆7500億円でソフトバンクへ売却し、日本市場から撤退した。孫正義社長はこの携帯事業を月額980円のホワイトプランと2008年のiPhone独占販売で立て直す。外資が呑み込んだ固定と携帯は、いずれもソフトバンクの手で日本市場向けに組み直され、この携帯の系譜が現在のソフトバンク(証券コード9434)へと連なった[18][19]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2001年2月10日号「止められない! 30兆円の持ち合い株売却レース」
  • 週刊東洋経済 2001年3月31日号「ケータイ大異変! J-フォン・次世代ケータイ延期のなぞ」
  • 週刊東洋経済 2001年4月7日号「通信過剰負債のBTに聞く 日本テレコム株の行方」
  • 週刊東洋経済 2001年5月19日号「飛び火 英ボーダフォン本格上陸でKDDIの事業再編は必至」
  • 週刊東洋経済 2001年10月13日号「携帯電話業界 王者ドコモに激震走る? 英ボーダーフォンの新戦略」
  • 週刊東洋経済 2002年8月24日号「日本テレコム狙う東電の熟柿作戦」
  • 週刊東洋経済 2003年2月22日号「シェア2位奪回へ Jフォンがプリペイド新機種を投入」
  • ソフトバンク 有価証券報告書 【沿革】(当時社名 日本テレコム)
  • ソフトバンク 有価証券報告書 【沿革】(当時社名 ボーダフォン)
  • ASCII.jp(2001年9月)「ボーダフォン、日本テレコム株式を公開買い付け――21.7%を獲得し筆頭株主に」(https://ascii.jp/elem/000/000/326/326239/)
  • Bloomberg(2001年11月28日)「日本テレコム、次期社長にボーダフォンのモロー氏」(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2001-11-28/GNI23A0UQVI9)
  • ケータイ Watch「過去記事で振り返るボーダフォンの軌跡」(https://k-tai.watch.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/28310.html)
  • ソフトバンク プレスリリース「ソフトバンクとアップル、iPhone 3Gを7月11日より日本で発売」(2008年6月10日)