経営破綻したスカイマークの再建スポンサー就任と、デルタ航空との争奪戦
最後の独立系をANA陣営に取り込むため、片野坂真哉社長はなぜ大口債権者を切り崩したか
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- 概要
- 2015年8月、ANAホールディングスが、経営破綻した独立系のスカイマークの再建スポンサーに就いた経営判断。投資ファンドのインテグラルなどと組み約16.5%を出資し、羽田発着枠とコードシェアを取り込んだ。最大債権者が米デルタ航空を担いだ再生計画案との、債権者集会での争奪戦を、大口債権者の切り崩しで制した。
- 背景
- スカイマークは1996年、日本航空と全日空の寡占市場に競争原理を持ち込む第三極として設立された。だが大型機エアバスA330の導入と円安・燃油高で資金繰りが行き詰まり、2015年1月に民事再生法の適用を申請した。航空事業の再建には、国内線の運航ノウハウを備えたスポンサー航空会社が欠かせなかった。
- 内容
- ANAは羽田発着枠とコードシェア、共同購買による収益基盤の安定化を掲げ、インテグラルらと組んで出資した。最大債権者イントレピッド・アビエーションが担いだデルタ案と対立し、2015年8月5日の債権者集会に2案が付議される異例の展開を、エアバスら大口債権者の支持を得て制した。
- 含意
- スターフライヤー・エア・ドゥ・スカイネットアジアに続き、最後の独立系スカイマークまでANA陣営に取り込む業界再編の主導であった。ただしエアバスの同意を得るためにA380導入を検討する書面へ署名し、のちの超大型機導入という重い代償を負った。
再編者としての立場と、抱え込んだ機材
この判断は、ANAが国内の新興・独立系を束ねる業界再編者としての立場を固めた場面であったとみることができる。破綻したスカイマークを外資の手に渡さず、羽田の発着枠を陣営内にとどめた意味は小さくない。一方で、勝敗を決めたのは事業モデルの優劣よりも、機体発注や取引関係という材料を通じた大口債権者の切り崩しであった。独立系がまた一つ大手の傘下へ収まったことに、競争政策の観点からの問いも残されている。
争奪戦の勝利と引き換えに背負ったA380は、その後のANAの重荷になっていく。埋めきるのに強い路線網が要る超大型機は、新型コロナ禍でハワイ線が止まると稼働の場を失い、逆張りの投資は早々に試練を迎えた。ひとつの再編の決断が、別の重い投資判断を呼び込む——スカイマーク再建は、勝ち取った発着枠と抱え込んだ機材という二つの帰結を、あわせて残したといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
スカイマークの破綻と第三極の限界
スカイマークは1996年、日本航空と全日空が長く寡占してきた国内航空市場に競争原理を持ち込む目的で設立された。西久保愼一社長のもとで独立系・第三極の路線を貫き、中型機エアバスA330を独自のプレミアムエコノミー仕様で導入した。だが円安と燃油価格の上昇で資金繰りが悪化し、リース会社との契約変更も不調に終わって、2015年1月28日に民事再生法の適用を申請した[1]。
民事再生の手続きでは、つなぎ融資に投資ファンドのインテグラルが名乗りを上げた。ただ航空事業の再建には、国内線の運航ノウハウや信用を備えたスポンサー航空会社が欠かせなかった。西久保社長は第三極としての自主再建を望んでいたが、単独での立て直しは難しく、大手航空会社の関与が避けられない情勢であった[2]。
ANAにとっての羽田枠と業界再編
ANAは破綻のはるか前、2014年なかばからスカイマークへ強い関心を寄せていた。最大の狙いは、混雑する羽田空港の発着枠と、国内路線でのコードシェアであった。ANAはすでにスターフライヤー、エア・ドゥ、スカイネットアジア航空の新興3社を支援下に置いており、同じ枠組みをスカイマークにも当てはめられるとみていた[3]。
スポンサー就任にあたり、ANAは国内線の運航ノウハウの提供やコードシェア、共同購買による収益基盤の安定化を掲げた。最後まで独立を保ってきたスカイマークを取り込めば、新興系のほぼすべてをANA陣営に束ねられる。独立系の受け皿となることは、日本航空と2社で市場を分ける構図のなかで、業界再編を主導する立場を固める意味を持っていた[4]。
決断
基本合意の破棄とデルタの参戦
2015年4月8日、ANAはイントレピッドと基本合意書を交わした。宙に浮いたA330のリースをANAが引き受ける内容を含み、ANAはインテグラルらとスポンサー契約を結んだ。ところが5月21日、ANAはリースの引き受けを一転して拒絶し、同じ日にエアバスへも取引を見直す旨を通告した。合意の履行を前提としていた最大債権者との関係は、ここで決定的にこじれた[5]。
これに反発した最大債権者イントレピッドは、5月29日、独自の再生計画案を東京地方裁判所に提出した。担ぎ出したのは、日本の航空連合に提携先を持たない米デルタ航空で、ANAでもJALでもない「第三極の維持」を大義に掲げた。スカイマーク自身の案とデルタ案が同時に債権者集会へ付議される、異例の争奪戦となった[6]。
大口債権者の切り崩し
可決には、債権額に応じた議決権と債権者の頭数の双方で過半数が要った。議決権比率は最大債権者イントレピッドが約38%、エアバスが28.9%、ロールス・ロイスが15.7%、CITが13.4%で、上位1社を味方につければ議決権ベースで過半を握れた。ANAは、この大口債権者の切り崩しに勝機を求めた[7]。
ANAはエアバスに対し、2014年3月と2015年1月に計約40機を発注した実績を示し、取引拡大への期待をちらつかせた。CITには日本市場での橋頭堡となる可能性を示唆し、ロールス・ロイスにはエンジン採用の実績を通じて支持を求めた。頭数でも、債権者197人のうち大半が国内の航空関連企業で、その多くがANAと取引を持っていた[8]。
結果
債権者集会での逆転
2015年8月5日の債権者集会で、スカイマークの再生計画案は議決権ベースで60.25%、人数ベースで77.8%の賛成を集めて可決された。デルタを担いだイントレピッド案は否決された。事前に上申書でスカイマーク案への慎重な立場を示していたエアバスとCITまでもが、最終的にANA陣営へ票を投じた点が、勝敗を分けた[9]。
スカイマークは同年秋をめどに、ANAやインテグラルなどから計180億円の出資を受け、経営陣を一新して再出発した。ANAは航空会社スポンサーとして羽田発着枠とコードシェアを確保し、新興各社に続く独立系の受け皿となって、業界再編を主導する立場を印象づけた。もっとも、レガシーでもLCCでもないスカイマークの立ち位置の再構築は、なお課題として残った[10]。
A380という代償
勝利には代償がともなった。ANAはエアバスの同意を取り付けるため、超大型機A380の導入を検討する書面へ署名していた。翌2016年1月、ANAホールディングスは中期経営戦略でA380を3機導入し、成田―ホノルル線へ投入すると発表した。スカイマークが購入を検討し、破綻の引き金の一つにもなった機材を、ANA自身が引き受ける形であった[11]。
A380は総2階建てで座席数が通常機の倍近く、埋めきるには強い路線網が要った。世界的にダウンサイジングが進むなかでの導入で、カタログ価格は1機約500億円、投資効果には10機規模が要るとの声もあった。羽田発着枠という果実の裏で、消去法的に選んだ超大型機という重い負担を、ANAは同時に背負い込んだとみられる[12]。
- 週刊東洋経済 2015年7月17日号「ANAとデルタで火花 スカイマーク“空中戦”」
- 週刊東洋経済 2015年7月24日号「デルタを担いだ債権者が激白 ANAにはスカイマークを任せない!」
- 週刊東洋経済 2015年8月14日号「軍配はANA陣営 SKY争奪戦の内幕」
- 週刊東洋経済 2016年1月22日号「難物旅客機を導入する ANAの危うい皮算用」
- ANAホールディングス 有価証券報告書(2016年3月期・連結)