アンサルド鉄道2社の買収(2015年・日立製作所の決断)

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論点 欧州の信号事業を買収で獲得するか
日立製作所:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
信号と車両の事業の取り込みによる欧州大陸への足場づくり

何をなぜ決めたか:信号と車両の事業の取り込みによる欧州大陸への足場づくり

概要

2015年2月、鉄道システムのグローバル市場における競争力の向上のため、信号・運行管理システム事業やプロジェクトの一括請負事業等の強化を目的として、イタリアのFinmeccanica S.p.A.との間で、同社グループの信号システム及び車両事業を買収することに合意した。

取得は2015年11月2日に完了した。得たのは、信号システムの製造や保守運用を手がけるアンサルドSTSの株式のうちフィンメカニカが保有する全株式と、大量輸送用の車両を製造するアンサルドブレダの事業である。対価はいずれも現金で、STS株式が761百万ユーロ(101,184百万円)、ブレダの事業が30百万ユーロ(4,041百万円)であった。

背景

取得の目的に挙げたのは、鉄道事業におけるグローバルな顧客基盤へのアクセスと、製造拠点の拡充であった。日立の鉄道は英国での車両納入に実績を積んでいたが、車両を売る力だけでは、信号・運行管理まで含めた一括請負が主流の欧州大陸の入札には届かない。買い手となったのはイタリアに置いた子会社Hitachi Rail Italy S.p.A.とHitachi Rail Italy Investments S.r.L.で、現地に取得の受け皿を用意したうえで交渉に臨んでいる。

内容

取得したSTS株式は発行済株式の約40%にすぎず、過半には遠く届かない。それでも株式取得と同日に開かれたSTSの株主総会で日立が推薦する取締役が取締役の過半数を占めたこと等により、実質的な支配を獲得したとして、STSは取得日付で連結子会社となった。残る株式の追加取得も進め、2016年3月31日現在の議決権の所有割合は50.77%となる。

受け入れた資産はSTSが312,434百万円、ブレダの事業が115,202百万円。引き継いだ負債はそれぞれ144,650百万円と111,161百万円で、ブレダの事業は資産と負債がほぼ拮抗していた。のれん55,820百万円はSTSの取得だけから生じ、ブレダの事業には計上されていない。

含意

連結の効果はセグメントに表れた。2016年3月期の社会・産業システムセグメントの売上収益は前年度比13%増の2兆3,331億円となり、増収の主因はこの買収による鉄道システム事業の大幅な増収であった。もっとも、取得日から2016年3月31日までの経営成績は重要ではなく、2015年4月1日に取得したと仮定した通期換算の影響額も重要ではないとされている。

残った少数株主の買い取りには、その後3年を要した。2018年11月2日にエリオット系の3ファンドから発行済株式の31.8%を取得し、2019年1月30日に所有持分は100%となる。この追加取得の対価は合計1,250百万ユーロ(159,031百万円)で、当初のSTS株式の取得額を上回った。

いつ何が起きたか 7件
考察:40%で掌握した経営権と、残り60%の代金
考察

考察:40%で掌握した経営権と、残り60%の代金

この買収の要諦は、金額ではなく持分の設計にあったと推察される。日立が現金で買ったのはSTSの発行済株式の約40%で、投じた額は761百万ユーロにとどまる。過半に届かない持分でありながら、同日の株主総会で推薦した取締役が過半数を占めたことをもって実質的な支配を獲得し、連結子会社として取り込んだ。上場を維持したまま少数株主と同居する形を選び、支配の獲得だけを先に済ませたのだと思われる。抱き合わせで引き受けたブレダの事業は、受け入れた資産115,202百万円に対し負債が111,161百万円とほぼ拮抗し、のれんも生じていない。値がつかないものを、値をつけずに引き取った格好である。

もっとも、先送りにした残り60%の代金は、後になって当初より高くついた。2018年から2019年にかけての追加取得の対価は合計1,250百万ユーロで、当初のSTS株式の取得額の1.6倍に達する。間に立ったのはエリオット系のファンドで、買収成立後に持分を積み上げた投資家から、日立は自ら支配する会社の株式を買い戻すことになった。支配を安く先に取る設計は、少数株主が残るかぎり価格交渉の相手を呼び込む。欧州大陸への足場という当初の目的は果たされた一方で、その足場を完全に自分のものにするまでの費用は、契約の時点では見えていなかったのだろう。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

日立製作所:のれんと総資産の推移

のれん(百万円)のれん率(%)
日立製作所:のれんと総資産の推移
(百万円) のれん総資産 備考
2014年3月期 327,11611,098,191 IFRSへの移行日は2013年4月1日。第146期の有報で組み替えられた比較年度の数値
2015年3月期 438,13112,433,727 2015年2月にフィンメカニカと買収で合意。取得はこの期にはまだ完了していない
2016年3月期 528,56512,551,005 11月にSTS社を連結子会社化し、のれん55,820を計上した
2017年3月期 527,2479,663,917
2018年3月期 588,16510,106,603
2019年3月期 561,9369,626,592 1月にSTS社を完全子会社化。追加取得は資本剰余金の減少で処理し、のれんは増えない
2020年3月期 635,9279,930,081
2021年3月期 1,161,21011,852,853 ABB Ltdのパワーグリッド事業の買収によりのれんが増加。鉄道の取得とは別の要因
出所:日立製作所 有価証券報告書 第146〜152期 注記「無形資産」「連結財政状態計算書」(連結・IFRS)
出所:日立製作所 有価証券報告書 第146〜152期 注記「無形資産」「連結財政状態計算書」(連結・IFRS)

日立製作所:鉄道が属する報告セグメントの推移

売上収益(百万円)セグメント損益率(%)
日立製作所:鉄道が属する報告セグメントの推移
(百万円) 売上収益セグメント損益 備考
2014年3月期 1,506,21578,024 電力システムを統合する前の社会・産業システム。統合後の区分での開示はない
2015年3月期 2,066,221110,336 電力システムを統合した後の区分に組み替えた社会・産業システム
2016年3月期 2,333,14429,108 増収の主因は買収による鉄道システム事業の増収。減益は中東工事案件の損失等による
2017年3月期 2,331,931△19,993 社会・産業システム
2018年3月期 2,375,012101,257 社会・産業システム
2019年3月期 2,539,812△151,984 社会・産業システム
2020年3月期 1,144,447112,349 報告セグメントをモビリティへ区分変更。前期までの社会・産業システムとは範囲が違う
2021年3月期 1,199,632129,036 モビリティ
出所:日立製作所 有価証券報告書 第146〜152期 注記「セグメント情報」(連結・IFRS。セグメント損益は受取利息及び支払利息調整後税引前当期利益)
出所:日立製作所 有価証券報告書 第146〜152期 注記「セグメント情報」(連結・IFRS。セグメント損益は受取利息及び支払利息調整後税引前当期利益)

買収の条件

買収の条件
科目 概要 備考
被取得企業 Ansaldo STS S.p.A. 鉄道の信号システムの製造や保守運用。イタリアの上場会社で、売り手は親会社のFinmeccanica S.p.A.
併せて取得した事業 AnsaldoBreda S.p.A.の事業 大量輸送用の車両を製造。修理・修繕事業と既受注案件の一部は取得の対象から除いた
取得の法的形式 現金を対価とする株式取得と事業の取得 取得したのはイタリアの子会社Hitachi Rail Italy S.p.A.と同Investments S.r.L.
合意の時期 2015年2月 信号・運行管理システム事業やプロジェクトの一括請負事業等の強化が目的
企業結合日 2015年11月2日 同日にブレダ社の事業とフィンメカニカ保有のSTS社株式の全株式を取得した
取得した議決権比率(STS社) 約40% フィンメカニカが保有する全株式。企業結合日の直前に所有していた割合は0%
支配を獲得した根拠 株主総会で取締役の過半数を占めた 株式取得と同日のSTS社株主総会。実質的な支配を獲得し、取得日付で連結子会社とした
取得原価(STS社株式) 761百万ユーロ(101,184百万円) 対価は現金
取得原価(ブレダ社事業) 30百万ユーロ(4,041百万円) 対価は現金
受け入れた資産(STS社) 312,434百万円 売上債権131,343、現金及び現金同等物30,115、その他の無形資産23,238を含む
引き継いだ負債(STS社) 144,650百万円 流動負債124,044、非流動負債20,606
受け入れた資産(ブレダ社事業) 115,202百万円 売上債権61,315、その他の流動資産33,496を含む。のれんの計上はない
引き継いだ負債(ブレダ社事業) 111,161百万円 流動負債107,401、非流動負債3,760。受け入れた資産との差は4,041
のれん 55,820百万円 STS社の取得により計上。損金不算入。翌期に暫定的な会計処理の確定による修正はない
のれんの発生要因 超過収益力と既存事業とのシナジー効果
のれんの償却 償却しない IFRSでは資金生成単位ごとに帳簿価額と回収可能価額を比較して減損を判定する
非支配持分 66,600百万円 STS社の識別可能純資産の公正価値に対する持分割合相当額で測定
併せて行った借入金の返済 111百万ユーロ(14,754百万円) ブレダ社の事業に含まれるフィンメカニカからの借入金
追加取得後の所有割合 50.77% 2016年3月31日現在。支配獲得後の追加取得のため資本剰余金の増減で処理した
追加取得(2018年11月2日) 発行済株式の31.8% エリオット系3ファンドとの株式譲渡契約を2018年10月29日に締結し、同年11月2日に完了
完全子会社化 2019年1月30日 残る全株式を取得。追加取得の対価の合計は1,250百万ユーロ(159,031百万円)
通期換算した影響額 重要ではない 2015年4月1日に取得と仮定した場合の売上収益と当期利益への影響額
出所:日立製作所 有価証券報告書 第146期(2015年3月期)【経営上の重要な契約等】 / 第147期(2016年3月期)・第148期(2017年3月期)注記「企業結合」 / 第150期(2019年3月期)注記「事業再編等」
出所:日立製作所 有価証券報告書 第146期(2015年3月期)【経営上の重要な契約等】 / 第147期(2016年3月期)・第148期(2017年3月期)注記「企業結合」 / 第150期(2019年3月期)注記「事業再編等」
参考文献

参考文献

参考

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