伊フィンメカニカの鉄道2社(アンサルドSTS・アンサルドブレダ)買収による欧州大陸進出
中西宏明CEOは過去最大の買収で、なぜ「鉄道ビッグスリー」の牙城に挑んだか
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- 概要
- 2015年2月24日、日立製作所が、イタリアの防衛大手フィンメカニカ傘下の鉄道信号会社アンサルドSTSと鉄道車両会社アンサルドブレダを取得する契約を締結した経営判断。合計買収金額は約2,600億円で、日立にとって当時過去最大の買収案件であった。同年11月2日に取得を完了した。
- 背景
- 日立の鉄道事業は売上高の6割超を国内に依存し、少子高齢化で成熟する国内市場に頭打ち感があった。世界最大の欧州市場は加ボンバルディア・独シーメンス・仏アルストムの「ビッグスリー」が牙城とし、売上規模で日立は大きく見劣りしていた。
- 内容
- 鉄道信号で世界2位のアンサルドSTSについてフィンメカニカ保有の約40%株式を取得し、車両会社アンサルドブレダの大半の事業を取得する。日立の狙いは欧州標準の信号システムを持つSTSにあり、赤字続きのブレダは事実上抱き合わせでの取得であった。
- 含意
- 買収で鉄道事業の売上高は約4,000億円規模へ拡大し、ビッグスリーとの差を縮めた。英国での実績に欧州大陸の地盤を接ぎ、社会イノベーション事業の中核として鉄道を世界大手の一角へ育てる布石となった。
規模への渇望と、抱えたピース
この決断の中心にあるのは、世界最大の市場でありながら手が届かなかった欧州大陸への渇望であった。英国で積み上げた信頼だけでは、8,000億円級のビッグスリーが固める大陸の壁は越えられない。信号という参入障壁の高い技術と、各国に散らばる販売地盤を一度に取り込む——アンサルドSTSの獲得は、時間を金で買う選択であったとみることができる。国内2%弱の事業をどう世界大手に育てるかという長い問いに、日立は正面から規模で答えようとしたようにみえる。
もっとも、その規模には赤字続きのブレダという重荷が抱き合わせでついてきた。ほしいピースを得るために、望まぬピースまで引き受ける——大型のクロスボーダー買収が避けにくく背負う不均衡が、この案件にも表れている。その後の展開が示すように、抱えたピースは時間をかけて欧州製造網に織り込まれ、鉄道は社会イノベーション事業の中核へと育っていった。国内の総合電機が世界の鉄道大手へ姿を変えていく過程で、この買収の意味は年を追うごとに大きくなっていったとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
成熟する国内市場と世界最大の欧州
日立の鉄道事業は、車両からモーターなどの車両電機品、信号や列車制御、運行管理システムまでを一貫して手がける総合メーカーとしての強みを持っていた。しかし2013年度の売上高1,682億円のうち約65%は日本国内が占め、少子高齢化で旅客輸送人員の減少が続く国内では、鉄道事業者の設備投資も細っていた。同社は海外売り上げをテコにした長期拡大を掲げ、なかでも市場規模の大きな欧州を最重点の攻略地域と位置づけていた[1]。
欧州鉄道産業連盟の予測では、2015〜17年の年平均の鉄道産業の市場規模は約23兆円にのぼり、うち欧州が46.4%を占める最大市場であった。日立の連結売上高は約9.6兆円に達していたが、鉄道事業は全体の2%弱にすぎず、規模・収益の両面で中核事業とは言いがたい位置にとどまっていた。成長の余地を国内に求めることが難しくなるなか、最大市場での存在感をどう高めるかが経営上の焦点となっていた[2]。
英国からの足がかりとM&Aの模索
欧州攻略の足場となったのは英国であった。2009年に開業したロンドンと英仏海峡トンネルを結ぶ高速鉄道CTRL線の車両で、日立は計画より早い納入とトラブルの少なさから現地の信頼を得た。この実績を土台に、2012年7月には都市間高速鉄道の大規模な車両更新計画(IEP)を受注する。合計866両の車両製造と27年半にわたる保守業務からなり、受注総額は57億ポンド(約9,800億円)にのぼった。まず英国で実績を積み、次に欧州大陸へ進むというのが日立の描いた道筋であった[3]。
もっとも大陸市場はビッグスリーの牙城で、規模でも実績でも日立は格段に劣っていた。折よくフィンメカニカが負債圧縮のために傘下の鉄道車両事業と信号事業の売却先を探しており、買収の候補には日立の名も挙がっていた。2事業の売上高合計は約2,500億円で、買収が実現すれば日立の鉄道事業は一挙に4,000億円規模へ拡大する見立てであった。とりわけ信号を手がけるアンサルドSTSの獲得は、参入障壁の高い欧州大陸で本格展開する足がかりになりうるとみられていた[4]。
決断
2社同時取得という決断
2015年2月24日、日立はフィンメカニカ傘下の鉄道関連2社を取得する契約を締結した。鉄道信号事業のアンサルドSTSについてはフィンメカニカが保有する約40%の株式を、車両事業のアンサルドブレダについては大半の事業を、いずれもその年の後半に取得する内容であった。合計買収金額は約2,600億円となる見込みで、日立にとって過去最大の買収案件であった。中西宏明CEOは会見で、この買収を鉄道事業を拡大するうえで重要な位置づけだと語った[5]。
2社同時の取得ではあったが、日立が本当に欲しかったのは信号事業で世界2位、14%のシェアを持つアンサルドSTSであった。ここでいう信号とは単純な表示機ではなく、列車制御まで担う高度な運行管理システムを指す。日立は日本の運行管理技術を持っていたものの、欧州とは仕様が異なり、世界標準になりつつある欧州の信号を今取り込む意義は大きかった。買収で鉄道事業の売上高は約4,000億円となり、いずれも8,000億円を超えるビッグスリーの背中に近づく計算であった[6]。
折衝の曲折と“お荷物”の抱き合わせ
交渉は一朝一夕には進まなかった。日立は2011年ごろからアンサルドSTSの買収に向けてフィンメカニカと水面下で接触してきたが、株式の一部を握るイタリア政府が雇用確保の観点から売却に否定的で、交渉は停滞した。2014年8月に交渉が表面化してからも折り合いはつかず、中西CEO自身が「長い折衝を行ってきた」と述べる長期戦となった。途中で中国のハイテク企業が買収に参戦したことで、STSの株価は上昇し、取得コストを押し上げた面もあった[7]。
抱き合わせで取得する車両会社アンサルドブレダは、収益面で重荷を抱えていた。2014年12月期に約300億円の赤字を出し、納期遅延や車両の不具合を頻発させながら、雇用の継続まで条件として負わされていた。それでも日立は、信号事業という必要なピースを手にするために、この“お荷物”を引き受ける判断を下した。ビッグスリーの背中に迫るには実績を積むスピードが問われるとの認識が、決断の背後にあった[8]。
結果
世界大手の一角へ
契約締結からおよそ9カ月後の2015年11月2日、日立は2社の取得を完了した。約40%を握ったアンサルドSTSについてはその後も株式取得を進め、欧州大陸に信号と車両の地盤を得た日立の鉄道事業は、英国での実績と合わせて拡大の軌道に乗った。買収を主導したアリステア・ドーマー氏は、この実績によって日立本体の経営陣に名を連ねた。当時は重荷とみられたブレダの工場も、欧州の鉄道製造に欠かせない拠点として組み込まれていった[9]。
買収の効果は年を追って現れた。鉄道事業の売上高は2022年度に7,360億円と2010年度の約5倍に膨らみ、その8割超を海外で稼ぐ構造に変わった。2022年にはフランスのタレスの交通システム事業買収を進め、合算した売上高は1兆円超の見込みとなった。国内大手にすぎなかった日立の鉄道は、中国中車や仏アルストム、独シーメンスと並ぶ世界大手の一角を占めるに至った。アンサルド買収は、その転換を促した判断であった[10]。
- 週刊東洋経済 2015年3月7日号「核心リポート05 日立、欧州で大型買収 鉄道ビッグスリーに照準」
- 週刊東洋経済 2014年10月25日号「特集 鉄道異変あり! PART01 世界 日立の欧州攻略作戦 英国から大陸進出狙う」
- 週刊東洋経済 2024年3月9日号「シン・日立に学べ Part2 日立の実力 超解剖 鉄道 約10年で世界大手の一角に」
- 日立製作所 ニュースリリース 2015年2月24日「日立がフィンメカニカ社の信号・車両部門を買収」 https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2015/02/0224b.html
- 日立製作所 ニュースリリース 2015年11月2日「アンサルドSTS社・アンサルドブレダ社の買収完了について」 https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2015/11/1102.html
- Bloomberg 2015年2月24日「日立:伊フィンメカニカの鉄道関連事業を買収、世界展開目指す」 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2015-02-24/--i6ikgs6l
- 日立製作所 有価証券報告書(2016年3月期)