金井務

日立製作所・元取締役社長

Kanai Tsutomu(敬称略)

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社長就任 1990年
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

金井氏は日立の生え抜きで、1990年に社長へ就任した。育った日立は工場を単位に組織を組み立てており、1968年2月に佐和・東海・小田原の各工場を独立させ、1969年から1974年にかけてソフトウェア・青梅・大みか・高崎・土浦の各工場を相次いで設けている。この工場群を組み替える仕事が在任中の中身になった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1990年、三田勝茂氏の後任として社長に就任した。前任期に日立は1982年6月のHitachi Europeと1989年2月のHitachi Asiaで海外の拠点を広げ、1985年4月には基礎研究所を新設していた。就任後まもない1992年3月期の連結売上高は7兆7655億円・連結最終利益は1276億円で、そこから利益は1994年3月期の652億円まで下がる。

在任中の主な施策
施策

1991年2月に佐和工場を自動車機器事業部へ統合したのを皮切りに、同年8月には勝田・戸塚・那珂の各工場を素形材・情報通信・計測器の各事業部へ移した。1993年2月には武蔵・高崎の両工場を半導体事業部へまとめ、組織の単位を工場から事業部へ移した。1995年2月には電力・電機、家電・情報メディア、情報、電子部品の4事業をグループとして編成した。1998年度は連結・単独ともに創業以来初の営業赤字へ転落し、重電・半導体・家電を軸に本体従業員の1割弱にあたる5000人以上を出向と転籍で減らした。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1990〜1999年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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