規模で首位に立てる案は、机の上にあった。住友海上と日動火災を合わせればシェアは22%弱となり、当時の報道もその三社連合を最有力とみていた。瀬下明社長がそれを取らなかった理由は、系列色の強まりを避けることにあった。7〜8社と交渉したうえで選んだのは、自社が積み上げた事故対応の仕組みを軸とできる相手であった。
系列に取り込まれないために選んだ相手は、別の系列の色を持ち込んだ。出資比率をめぐる二人の言い分は合併の時点で噛み合わず、資本の距離は未決のまま新会社へ持ち越された。トヨタ色を強めれば他メーカー系のディーラーが離れ、弱めれば選んだ市場が生きない。この二律背反が、システム統合の先送りと並んで、発足直後の重荷になった。