東海カーボン米SGL GE社の取得によるアジア・北米・欧州の黒鉛電極3極体制の構築

最大の電炉鋼市場・北米に足場を持つか——長坂一社長はなぜ他社買収の付帯条件に手を挙げたか

時期 2017年9月
意思決定者(推定) 長坂一 社長
論点 黒鉛電極事業の地理的補完とグローバル体制
概要
2017年9月28日、東海カーボンは取締役会で、ドイツSGL社の黒鉛電極事業を承継した米国法人SGL GE Carbon Holding LLCの全株式を129億円で取得すると決議した。11月7日に取得を完了して社名をTOKAI CARBON GE HOLDING LLCとし、アジア・欧州に加えて北米に生産拠点を得て黒鉛電極の3極体制を築いた。長坂一社長の在任中で最大のM&Aとなった。
背景
東海カーボンの黒鉛電極事業は市況低迷が続き、2016年12月期は電極・ファインカーボンの減損を含む特別損失110億円で創業以来最大の純損失を計上した。国内首位ではあったが生産拠点はアジアと欧州にとどまり、世界最大の電炉鋼市場である北米に足場を欠いていた。
内容
昭和電工が独SGL社の黒鉛電極事業SGL GEを買収する過程で、米競争当局が承認の条件としてSGL GEの米国事業を第三者へ譲渡するよう求めた。東海カーボンはその譲受先として名乗りを上げ、SGL GE Carbon Holding LLCの全株式を取得。北米の生産・販売拠点を一括で得た。
含意
買収直後の2018年12月期は中国環境規制と電炉鋼需要の急増で電極市況が急騰し、黒鉛電極事業は単独で営業利益560億円を稼いで過去最高益を牽引した。もっとも市況はほどなく反転し、2020年12月期には同事業が営業赤字へ転落するなど、取得時期の幸運と後の調整が背中合わせとなった。
筆者の見解

好機の取得と、市況に委ねた成否

この買収を「先見の明」とだけ評すると、話を単純にしすぎる。北米という空白を埋める好機は、東海カーボン自身が仕込んだものではなく、昭和電工のSGL GE買収に米当局が付けた譲渡条件から偶然生まれたものであった。長坂一社長の判断の芯は、創業以来最大の赤字を出した直後に、他社案件の副産物として現れた129億円の拠点へためらわず手を挙げた点にある。低迷で守りに入ってもおかしくない時期に、供給網の空白を突く攻めを選んだところに、この判断の輪郭がうかがえる。

もっとも、この取得を成功と呼べるかは、取得後に訪れた市況の激しい上下で割り引いて見る必要がある。2018年の過去最高益は電極価格の急騰という外部要因に負うところが大きく、その市況はほどなく反転して黒鉛電極事業を営業赤字へ突き落とした。3極体制もやがて拠点整理の対象となった。北米の足場を得た戦略的な意義と、市況の波にさらされ続ける電極事業の宿命とは別の話であり、拠点をどう持ち替えていくかという問いは、取得の時点ではなくその後の長い運営に委ねられたとみることができる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

電極市況の低迷と創業以来最大の赤字

東海カーボンは黒鉛電極で国内首位を占めていたが、リーマンショック後の電極市況は長く低迷していた。2015年12月期の黒鉛電極事業は売上約270億円・営業利益約25億円にとどまり、かつての稼ぎ頭は縮小したまま回復の糸口を欠いていた。世界的な鉄鋼需要の伸び悩みと過剰供給が、電炉向け電極の値を押さえつけていた[1]

転機は損失の側から訪れた。2016年12月期、電極・ファインカーボン事業の減損損失を含む特別損失110億円を計上し、通期で純損失79億円と創業以来最大の赤字を記録した。前年に社長へ就いた長坂一は、この赤字を踏まえて電極事業の再構築を進める方針を明確にし、市況悪化で揺れる同業界のなかで次の一手を探っていた[2]

北米という空白と、他社買収の付帯条件

東海カーボンの電極事業には地理的な偏りがあった。2005年に独ERFTCARBONを子会社化して欧州に拠点を持ち、アジアにも生産を構えていた一方で、世界最大の電炉鋼市場である北米に自前の拠点を欠いていた。首位とはいえ供給網は二極にとどまり、地産地消が働く電極事業で北米の空白は競争上の弱みであった[3][4]

空白を埋める機会は、他社の買収に付随して転がり込んだ。昭和電工がドイツSGL社の黒鉛電極事業SGL GEの買収を進める過程で、米競争当局が承認の条件としてSGL GEの米国事業を第三者へ譲渡するよう求めた。北米に拠点を欲していた東海カーボンにとって、この譲受先の座は、単独では得にくい規模の拠点を一括で取り込む好機であった[5]

決断

129億円での全株式取得

2017年9月28日、東海カーボンは取締役会でSGL GE Carbon Holding LLCの全株式取得を決議した。取得価額は129億円で、対象会社はデラウェア州に籍を置き、年間売上高は約91億円であった。10月2日に譲渡契約を結び、昭和電工がSGL GEを買収した直後に米国事業を東海カーボンへ引き渡す段取りが組まれた[6]

発表を受けた市場の反応は鋭かった。翌営業日の株価は制限値幅の上限まで買われてストップ高となり、北米拠点の獲得を成長機会とみる評価が一気に集まった。低迷が続いた電極事業の看板会社が、赤字を経てなお海外拡張へ動いたことへの期待が、株価に表れた形であった[7]

3極体制の完成

取得は2017年11月7日に完了し、東海カーボンは対象会社の社名をTOKAI CARBON GE HOLDING LLCへ改めた。これによりアジア・欧州に加えて北米に生産・販売の拠点を得て、黒鉛電極の供給網は3極体制へと整った。国内首位という枠を越え、世界の電炉鋼メーカーに三つの大陸から電極を届ける体制を、東海カーボンは短期間で手にした[8]

結果

市況急騰と過去最高益

買収後のタイミングは異例に恵まれた。中国の環境規制による電極供給の絞り込みと、電炉鋼需要の急増が重なって電極市況が急騰し、2018年12月期の連結売上高は2,313億円と前期の2.2倍、営業利益は731億円と前期の111億円から6倍強に膨らんだ。純利益734億円は過去最高で、黒鉛電極事業は単独で営業利益560億円・利益率55%という異常値を記録した[9]

129億円で得た拠点は、市況の追い風のなかで取得価額を1年ほどで回収する計算になった。長坂社長はこの資金力を背景に、2018年9月に米カーボンブラックメーカーのSid Richardson Carbonを、2019年7月には独COBEX Holdcoを相次いで完全子会社化し、電極とカーボンブラックの両輪で海外拡張を重ねた。SGL GEの取得は、その連続M&Aの最初の一件であった[10]

市況の反転と欧州拠点の整理

電極市況の高騰は続かなかった。2019年12月期に連結純利益は319億円へ後退し、2020年12月期には売上高2,015億円・営業利益79億円・純利益10億円まで落ち込んだ。黒鉛電極事業は単独で営業赤字へ転じ、市況のピークで取り込んだ拠点は、相場が反転するとそのまま調整の重さとなって表れた。買収の巧拙は、取得後の相場次第という面をあらためて示した[11][12]

3極体制のかたちも、その後に手が入った。東海カーボンは2025年に滋賀工場の黒鉛電極生産を中止し、あわせて欧州の電極子会社を譲渡した。2005年と2017年に積み上げた電極拠点の一部を手放す判断であり、3極体制は完成後も市況と採算に応じて絶えず組み替えられていった[13]

出典・参考
  • 東海カ、昭電工から米黒鉛電極メーカーを取得 129億円で(日本経済新聞・2017年9月28日)
  • 昭和電工、SGL GE 買収に関する各国関係当局の承認およびSGL GE 米国事業の譲渡について発表(日本経済新聞・2017年9月28日)
  • 東海カーボンがS高、黒鉛電極メーカーSGL GE社から米国事業を取得(株探ニュース・2017年9月28日)
  • 東海カーボン<5301>、ドイツ黒鉛電極メーカーの米国法人SGL GE Carbonを取得(ストライク・2017年9月28日)
  • 東海カーボン 有価証券報告書【沿革】
  • 東海カーボン 有価証券報告書(連結・JGAAP)

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