愛知製鋼の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

市況より需要家の注文を基準に、造る鋼と設備を選び直してきた会社である。戦後は価格差補給金のある普通鋼の生産を増やし、1951年には普通鋼が生産高の66%を占めた。しかし1951年3月の特需後退で普通鋼の市価が崩れると、1952年以降は普通鋼の受注を抑えて特殊鋼へ重点を移し、1953年6月期には特殊鋼の比率が86%を超えた。さらに1959年、トヨタ自動車工業から型鍛造品の大量発注を受けると、刈谷工場に1960年5月に1,000トンプレス、1961年7月に2,500トンプレスを据えて鍛造の量産に踏み出した。

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