大同特殊鋼 の歴史

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創業 1950年
母体 旧大同製鋼分社
創業地 愛知県名古屋市
創業
1950年2月、企業再建整備法に基づく旧大同製鋼の再建・分社により、資本金4億2,000万円で新大同製鋼株式会社が発足した。系譜は1916年に名古屋で創業された株式会社電気製鋼所にさかのぼり、1922年7月の大同電気製鋼所への改称を経て、戦中戦後の統合と分割を通ってきた法人である。高炉一貫の普通鋼大手とは経済性の異なる電炉を主軸に据え、鋼種ごとに材料設計が変わり小ロット多品種になる制約を抱えたまま、自動車・産業機械・工具・電機の各メーカーへ納める立場で出発した。1950年9月に名古屋証券取引所、1951年6月に東京・大阪の両取引所へ上場し、1953年3月には商号を戦前からの大同製鋼へ戻している。
決断
同業を合併して規模を得たのは1976年が最後で、以後に取得したのは鋼ではない。1953年7月に富士バルブ、1954年8月に大同興業へ資本参加して自動車部品と商流を社内へ入れ、1955年に新理研工業、1957年に東京製鋼所、1964年に関東製鋼を吸収した。その総仕上げが1976年9月の日本特殊鋼・特殊製鋼と合併して大同特殊鋼へ商号を改めた統合である。1990年1月には磁性材料のダイドー電子を全額出資で興し、1994年にはタイでの磁性材料の生産へ広げる。2019年4月には下村工業グループなど22社超を一度に子会社化してアジアの磁石事業を拡張し、2024年7月には自動車部品のピーアンドエムを子会社にしている。1976年までの合併が炉の数を増やし、以後の買収は鋼の行き先を社内へ取り込んだ。
現況
社名にある特殊鋼は、利益でも設備投資でも二番目になっている。2026年3月期の連結売上高は5,781億2,900万円、営業利益は420億8,100万円、親会社所有者帰属当期純利益は326億500万円。特殊鋼鋼材が売上2,077億8,100万円・セグメント利益133億8,000万円であるのに対し、ステンレス鋼・高合金と磁石からなる機能材料・磁性材料は1,997億5,300万円・148億8,400万円で、利益では上回る。設備投資も機能材料・磁性材料の234億4,500万円が特殊鋼鋼材の140億9,500万円を超えた。2013年11月に知多工場へ150トンアーク炉を新設したことが特殊鋼鋼材の採算を支える一方、増やす投資は磁石とモータコアの側へ向かっている。
競合
自動車の電動化は、この会社の一方の事業を細らせ、他方を伸ばす。エンジンやトランスミッションに使う構造用鋼は1台あたりの量が減る一方、駆動モータに要る磁石とモータコアの量は増える。大同特殊鋼はその両方を同じ連結のなかに持ち、機能材料・磁性材料は2019年の下村工業グループなどの子会社化と2026年3月期の234億円の設備投資で厚みを増した。電炉で鋼を溶かす同業のうち、東京製鐵は高炉大手の独占品種だった熱延広幅帯鋼へ電炉のまま参入し、日本冶金工業はニッケル基合金の原料側を自ら製錬して置き換えの効かない高耐食材へ寄せている。品種を広げる同業に対し、大同特殊鋼が広げたのは鋼の外側にある部品と磁石であった。
大同特殊鋼:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

設立ストーリー 戦後再建から特殊鋼3社統合までの基盤形成 (1950年〜)

企業再建整備法による分社で発足した新大同製鋼

1950年2月、企業再建整備法に基[1]づく旧大同製鋼の再建・分社により新大同製鋼株式会社が発足した。資本金は4億2,000万円[2]。終戦から5年を経て、財閥解体と産業設備の戦時動員の双方を整理し直す局面で、特殊鋼を専業とする会社として再出発した。系譜をたどれば1916年に名古屋で創業された株式会社電気製鋼所(1922年7月に大同電気製鋼所へ改称)に行き着き[3]、戦中・戦後の社名変更と統合・分割の節目を経て、戦後最初の特殊鋼専業会社の一つとして発足した。電炉を主軸に置く事業構造は、高炉一貫の普通鋼大手とは異なる経済性で動く業態で、需要先となる自動車・産業機械・工具・電機メーカーへの納入を前提に組み立てた。鋼種ごとに材料設計が異なり、ロットも小さく多品種という制約のなかで、戦後復興期の素材供給を担う立場で出発した。

  • 大同特殊鋼 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1950年2月、企業再建整備法により新大同製鋼株式会社を設立
    • [2]設立時資本金は4億2,000万円
    • [3]1916年8月設立の株式会社電気製鋼所が源流。1922年7月に大同製鋼(1921年11月設立)が熱田・福島両工場の現物出資を受け継ぎ商号を株式会社大同電気製鋼所へ変更。本文は1916年創業の電気製鋼所と1922年7月の大同電気製鋼所改称を分けて表記

設立から1年半の1950年9月、名古屋証券取引所に上場し[4]、翌1951年6月には東京・大阪両証券取引所にも重複上場した。[5]地元市場での早期上場と二大市場への展開を1年半のあいだに連続させ、戦後復興期の資金調達基盤を投資家側へ開いた。設立時の出資構成だけでは資本を伸ばせない特殊鋼業界の事業特性が、この早期上場の決断を後押しした。1953年3月には商号を旧称の『大同製鋼』に戻し[6]、戦前から続く名前を再度掲げた。社名復活で戦後分社の臨時的な体裁を整理し、長期の事業継承を宣言する手続きを完了した。設立から3年あまりで、上場・社名復活・地元発祥を軸とする復興期の体裁が一通り整い、1953年以降の事業拡大の前提条件が揃った。

  • 大同特殊鋼 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【沿革】
    • [4]1950年9月 名古屋証券取引所に上場
    • [5]1951年6月 東京・大阪両証券取引所に上場
    • [6]1953年3月 商号を大同製鋼に変更(復称)
  • 大同特殊鋼 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1950年2月、企業再建整備法により新大同製鋼株式会社を設立
    • [2]設立時資本金は4億2,000万円
    • [3]1916年8月設立の株式会社電気製鋼所が源流。1922年7月に大同製鋼(1921年11月設立)が熱田・福島両工場の現物出資を受け継ぎ商号を株式会社大同電気製鋼所へ変更。本文は1916年創業の電気製鋼所と1922年7月の大同電気製鋼所改称を分けて表記
    • [4]1950年9月 名古屋証券取引所に上場
    • [5]1951年6月 東京・大阪両証券取引所に上場
    • [6]1953年3月 商号を大同製鋼に変更(復称)

商社・関連会社への資本参加と知多工場の建設

1953年7月に富士バルブへ資本参加し、自動車エンジンバルブ事業[7]を取り込み始めた。翌1954年8月には、商社機能を持つ大同興業に資本参加[8]して販売・商流チャネルを内製化した。特殊鋼は鋼種ごとの仕様調整と納期管理が成否を分ける業態で、販売を商社任せにせず自社で持つ判断は、1950年代以降の販社確保の出発点となる。1955年10月の新理研工業合併、1957年8月の東京製鋼所合併で[9]、特殊鋼分野の関連社・東京の同業を順に吸収統合し、規模拡大と首都圏拠点の確保を同時に実行した。1963年5月には愛知県知多に新鋭製鋼所を建設[10]し操業を開始した。この知多工場が、1980年代以降に主力工場として連続鋳造設備や150tアーク炉を抱え込み、特殊鋼鋼材事業の中核を担う立場へと育った。

  • 大同特殊鋼 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【沿革】
    • [7]1953年7月 富士バルブに資本参加(自動車エンジンバルブ事業、現フジオーゼックス)
    • [8]1954年8月 大同興業に資本参加
    • [9]1955年10月 新理研工業を合併/1957年8月 東京製鋼所を合併
    • [10]1963年5月 愛知県知多に製鋼所を建設・操業開始

知多工場の建設開始となった1963年は、日本の自動車産業が本格的な量産期に入る前夜にあたる時期で、特殊鋼需要の構造そのものが変わり始めた時期である。1964年7月には関東製鋼を合併し[11]、東日本の同業を吸収して規模をさらに拡張した。電炉鋼を主軸とする業態にあって、製鋼工場の生産能力と生産技術が事業の収益力を直接決める構造のなかで、知多に集約した工場と関連社吸収による規模拡大は、単独で残る道を選んだ大同製鋼の中長期の生き残り基盤を作った。1957年から1976年に至る20年あまりの期間は、関連社吸収と工場集約を交互に重ねる組織再編期に該当する。

  • 大同特殊鋼 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【沿革】
    • [11]1964年7月 関東製鋼を合併

明治百年を回顧した1968年の概略書は、大同製鋼を特殊鋼のトップメーカーとしつつ、最大の特色を多角経営に見ていた。工業炉・中空鋼・マンガンレール・鉄柱・カッペなど業界シェア首位の製品が並び[12]、特にマンガンレールは全国生産の95%に達する独占製品だった。[13]工業炉部門では世界最大の250トンアーク炉を生産し[14]、それだけで独立会社になり得る実力を備えていた。製品の多さと合併を重ねた歴史は多くの工場を抱える結果を生み、当時の工場は星崎・知多・平井・渋川・王子・築地・福島・高蔵の8工場を数え、なかでも知多は世界最大の特殊鋼工場だった。[15]1965年の不況時にも8分(年8%)配当を維持し、当時は1割配[16]を続けていた。

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [12]概略書は大同製鋼を特殊鋼のトップメーカーとしつつ最大の特色を多角経営とし、工業炉・中空鋼・マンガンレール・鉄柱・カッペなど業界シェア首位の製品を列挙
    • [13]マンガンレールは全国生産の95%に達する独占製品(概略書)
    • [14]工業炉部門で世界最大の250トンアーク炉を生産(概略書)
    • [15]1968年時点の工場は星崎・知多・平井・渋川・王子・築地・福島・高蔵の8工場で、知多は世界最大の特殊鋼工場(概略書)
    • [16]1965年(昭和40年)の不況時にも8分配を維持し、当時1割配を続けていた(概略書)
  • 大同特殊鋼 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【沿革】
    • [7]1953年7月 富士バルブに資本参加(自動車エンジンバルブ事業、現フジオーゼックス)
    • [8]1954年8月 大同興業に資本参加
    • [9]1955年10月 新理研工業を合併/1957年8月 東京製鋼所を合併
    • [10]1963年5月 愛知県知多に製鋼所を建設・操業開始
    • [11]1964年7月 関東製鋼を合併
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [12]概略書は大同製鋼を特殊鋼のトップメーカーとしつつ最大の特色を多角経営とし、工業炉・中空鋼・マンガンレール・鉄柱・カッペなど業界シェア首位の製品を列挙
    • [13]マンガンレールは全国生産の95%に達する独占製品(概略書)
    • [14]工業炉部門で世界最大の250トンアーク炉を生産(概略書)
    • [15]1968年時点の工場は星崎・知多・平井・渋川・王子・築地・福島・高蔵の8工場で、知多は世界最大の特殊鋼工場(概略書)
    • [16]1965年(昭和40年)の不況時にも8分配を維持し、当時1割配を続けていた(概略書)

日本特殊鋼・特殊製鋼との3社統合と現社名の確定

1976年9月、日本特殊鋼・特殊製鋼の2社を合併し、商号[17]を大同特殊鋼に変更した。3社統合により、戦後の特殊鋼業界における主要プレイヤーが一つの会社に集まる業界再編が成立し、現在まで続く社名と事業基盤が定まった。日本の特殊鋼業界における主要再編として、規模・品揃え・地理的拠点のいずれにおいても、3社統合は単純な足し算ではない事業集中をもたらした。電炉鋼の量産性と多品種生産の両立は、単独企業では難しく、競合再編を通じてしか達成できない側面が大きい。3社統合は、その制約を一度に解く決断としても読める。

  • 大同特殊鋼 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【沿革】
    • [17]1976年9月 日本特殊鋼・特殊製鋼の2社を合併し商号を大同特殊鋼に変更

統合に先立つ20年あまりの関連社吸収は、3社統合の前段として準備された動きとも見える。富士バルブ・大同興業・新理研工業・東京製鋼所・関東製鋼を順に取り込んで規模を整え、最後の総仕上げとして日本特殊鋼・特殊製鋼を吸収し[18]、戦後復興期の特殊鋼業界の再編は1976年に一区切りを迎えた。3社統合後の同社は、知多工場を中核に置く特殊鋼鋼材の主力事業、富士バルブを源流とする自動車部品事業、大同興業を窓口とする商流機能、各種関連社を抱える流通・サービス事業を併せ持つ複合構造へ移行した。電炉特殊鋼を軸に、川下の自動車部品まで連結で取り込む業態は、1976年に形を整え、1977年以降40年あまりの基本構造を画定した。

  • 大同特殊鋼 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【沿革】
    • [18]1955-1964年に吸収した関連社は新理研工業・東京製鋼所・関東製鋼(富士バルブ・大同興業は資本参加)。1976年に日本特殊鋼・特殊製鋼を合併
  • 大同特殊鋼 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【沿革】
    • [17]1976年9月 日本特殊鋼・特殊製鋼の2社を合併し商号を大同特殊鋼に変更
    • [18]1955-1964年に吸収した関連社は新理研工業・東京製鋼所・関東製鋼(富士バルブ・大同興業は資本参加)。1976年に日本特殊鋼・特殊製鋼を合併

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大同特殊鋼の沿革1950〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1950〜1976年戦後再建から特殊鋼3社統合までの基盤形成企業再建整備法により新大同製鋼を設立★★
名古屋証券取引所に上場
末広幸次郎商号を大同製鋼に変更
里村伸二新理研工業を合併★★
里村伸二東京製鋼所を合併★★
石井健一郎知多工場操業開始
石井健一郎関東製鋼を合併★★
武田喜三日本特殊鋼・特殊製鋼との3社合併と大同特殊鋼への商号変更

1976年9月、大同製鋼が日本特殊鋼・特殊製鋼の2社を合併し、商号を大同特殊鋼に変更した経営判断。存続会社の大同製鋼に主要2社が合流し、戦後の特殊鋼業界を担ってきた企業が一つの会社に集まった。現在まで続く社名と事業基盤がこの統合で定まった。

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★★★
1977〜2013年知多工場体制の確立と海外進出による事業拡張武田喜三木曽福島工場を分離し大同特殊鋳造を設立
秋田正弥Daido Steel(America)を設立
岸田嘉夫OHIO STAR FORGE設立
岸田嘉夫ダイドー電子を設立
岸田嘉夫知多工場No.2CC営業運転開始
冨田寛治フジオーゼックスが東京証券取引所2部上場
冨田寛治星崎工場製鋼部門を知多工場へ集約
冨田寛治大同テクノメタル・大同ピーディーエム合併で大同アミスターに
高山剛大同キャスティングスへの統合
小澤正俊日本精線が大同ステンレスを吸収合併し子会社化
嶋尾正大同電工(蘇州)を子会社化
嶋尾正工具鋼事業強化で大同DMソリューションに商号変更
嶋尾正知多工場への150トンアーク炉新設と高付加価値鋼への設備転換

2012年1月、大同特殊鋼は主力の知多工場(愛知県東海市)の製鋼工程を約200億円かけて刷新すると発表した。既存の電炉5基のうち1基を溶解能力150トンの大型電気炉へ入れ替え、第1連続鋳造ラインも150トン対応に改める計画で、2013年11月に150トンアーク炉が稼働を開始した。嶋尾正社長のもとで進めた、電炉鋼の量産性と高付加価値鋼の量産力を同時に高める設備投資である。

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★★★
2014〜2025年機能材料への戦略軸シフトと電動化・脱炭素対応の本格化嶋尾正大同特殊鋼(上海)を子会社化
石黒武下村工業グループ等を子会社化
石黒武Daido Shimomura Steel Manufacturing(Thailand)等を子会社化
石黒武大同凱思英鋳造(蘇州)を事業譲渡に伴い連結除外
石黒武鉄姆肯鋼材(上海)の全持分を取得し子会社化
清水哲也ピーアンドエムを子会社化
出典・参考
  • 大同特殊鋼 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【沿革】
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)

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