大同特殊鋼知多工場への150トンアーク炉新設と高付加価値鋼への設備転換
老朽化した知多の電炉に約200億円を投じ、量産と高付加価値化をどう両立させたか
- 概要
- 2012年1月、大同特殊鋼は主力の知多工場(愛知県東海市)の製鋼工程を約200億円かけて刷新すると発表した。既存の電炉5基のうち1基を溶解能力150トンの大型電気炉へ入れ替え、第1連続鋳造ラインも150トン対応に改める計画で、2013年11月に150トンアーク炉が稼働を開始した。嶋尾正社長のもとで進めた、電炉鋼の量産性と高付加価値鋼の量産力を同時に高める設備投資である。
- 背景
- 知多工場は1963年建設の主力拠点だが、電炉への投資は1984年の増設で止まり、溶解能力は1基あたり70トンにとどまっていた。一方で特殊鋼の需要は、コモンレール向け高耐圧合金のような高品位鋼へと移り、溶解から鋳造までを高精度で制御できる設備が求められていた。
- 内容
- 5基のうち1基を溶解能力150トンの大型電気炉へ更新し、第1連続鋳造ラインを150トン対応化して製鋼プロセスを合理化した。天然ガスや炭材を溶解に使えるエネルギー多様化電炉として設計し、消費電力を抑えつつ将来の電力・エネルギー事情への対応力を持たせた。
- 含意
- 溶解単位を70トンから150トンへ倍増させ、年産150万トンの知多工場の生産性と高付加価値鋼比率を引き上げた。設備更新の方針は2020年の知多第2工場新設へ、代替エネルギー活用の発想は2024年着手の脱炭素大型電炉へと引き継がれ、知多を軸にした投資が続いた。
設備更新の一手を、どう読むか
この設備投資の芯は、老朽化した炉の入れ替えという言葉に収まらない。1984年の増設以来20年以上動かさなかった知多の製鋼設備に、大同特殊鋼はあえて約200億円を投じ、70トンの溶解単位を150トンへ倍増させた。量を作る力と、コモンレール向け高耐圧合金のような高品位鋼を扱う力を、一つの電炉のうえで両立させる——需要が量から質へ移るなかで、生産の中核をどう組み替えるかという問いに答えた投資であったとみることができる。
もっとも、この一手だけで高付加価値化が完結したわけではない。稼働の前後も業績は自動車需要の波に左右され、2013年3月期に154億円まで落ちた営業利益が示すように、設備を新しくしても市況の変動までは避けられなかった。それでも、代替エネルギー活用の発想は2024年の脱炭素電炉へ、拠点集中の方針は2020年の知多第2工場へと引き継がれた。ひとつの設備更新で完結する判断というより、知多という拠点に量と質を積み増し続ける長い過程の一歩であったといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
更新が止まっていた知多の製鋼設備
知多工場は1963年に建設され、大同特殊鋼の粗鋼の大半を担う中核拠点として、特殊鋼鋼材事業の生産を支えてきた。年産150万トンの粗鋼能力を持ち、同種の特殊鋼一貫工場としては世界最大級にあたる。ただ、この工場の電炉への投資は1984年の増設を最後に止まっており、主力設備の更新が20年以上にわたって手つかずのまま残されていた[1][2]。
知多工場には電炉が5基並んでいたが、1回あたりの溶解能力は70トンにとどまっていた。溶解を繰り返す単位が小さいままでは、生産量あたりの手間と費用がかさみ、需要の変動にも追従しにくい。老朽化した炉と細切れの溶解工程を抱えたまま量産と品質を両立させることが、この時期の知多工場の課題として残っていた[3]。
量から質へ移る特殊鋼需要
特殊鋼の需要は、量を作る段階から、より高い品質を要する領域へと移りつつあった。欧州でディーゼル車が広がるなか、燃料を高圧で噴射するコモンレールには、疲労強度と切削性を両立させた高耐圧の合金が求められた。大同特殊鋼はデンソー向けにこの高耐圧合金を供給し、1800気圧に耐える世界最高水準の部品を素材の面から支えていた[4]。
こうした高機能鋼の量産には、介在物の添加量を溶鋼の温度に合わせて微調整する精度が要る。鋼材事業部知多工場の松淵周司技術部長は、この開発を「極限に近い開発」と振り返り、少しでも気を抜けば不良品が生じると語っていた。品質の要求が厳しくなるほど、溶解から鋳造までの工程を高精度で制御できる設備が要り、知多工場の設備更新はこの品質競争と切り離せなかった[5]。
決断
150トン炉への刷新
2012年1月、大同特殊鋼は知多工場の製鋼工程を約200億円かけて刷新すると発表した。既存の電炉5基のうち1基を、溶解能力150トンの大型電気炉へ入れ替え、あわせて第1連続鋳造ラインも150トン対応に改める計画である。従来70トンだった溶解単位を倍増させ、2013年秋の稼働を目指すとした[6]。
投資のねらいは、製鋼プロセスの抜本的な合理化に置かれた。溶解の単位を大きくすれば一度に扱う量が増え、工場内の物流を見直せば工程間の無駄を削れる。1984年の増設以来となる電炉への投資で、大同特殊鋼は年産150万トンの知多工場の生産性を底上げし、自動車用の高機能構造用鋼や特殊ステンレス鋼、高合金といった特殊鋼の量産力を高めようとした[7]。
エネルギー多様化電炉という設計
新しい電炉には、電力以外の代替エネルギーを使える仕組みが組み込まれた。天然ガスや炭材を溶解に利用して消費電力を抑え、将来の電力・エネルギー事情の変化に柔軟に対応できる「エネルギー多様化電炉」として設計された。東日本大震災の翌年という時期にあって、電力の制約を織り込んだ設備選択であったとみられる[8]。
結果
設備更新の完了と業績の持ち直し
2013年11月、知多工場で150トンアーク炉が稼働を開始し、大型アーク炉の新設による生産能力の増強と高付加価値鋼比率の引き上げが完了した。溶解単位を70トンから150トンへ倍増させたことで、電炉鋼の量産性と高品位化を同じ設備のうえで両立させる体制が整い、特殊鋼鋼材事業の中核である知多工場の収益力を底上げする設備投資となった[9]。
稼働の前後、大同特殊鋼の業績は自動車需要の回復とともに持ち直した。連結売上高は2013年3月期の4,404億円から2015年3月期には4,836億円へ伸び、営業利益も154億円から204億円へ回復した。設備更新を終えた知多工場は、以後も磁石・モータコアや自動車部品と並ぶ特殊鋼鋼材事業の生産基盤として、同社の収益を支える立場を保った[10]。
高付加価値鋼への軸の延長
高付加価値鋼へ生産を寄せる方針は、その後の設備投資にも引き継がれた。2020年3月には、IHIの造船所だった愛知事業所の土地と建物を取得し、1962年以来58年ぶりとなる新工場「知多第2工場」の稼働を始めた。長さ150メートルの棒鋼を切削・研磨する高機能ステンレス鋼を主力とし、年3万トンの処理能力まで引き上げる計画を掲げた[11]。
知多工場の150トン炉が備えた代替エネルギー活用の発想は、脱炭素の流れのなかで別の広がりを見せた。2024年4月、大同特殊鋼は高炉並みの300トン級のスクラップを溶解できる大型電気炉の開発に着手し、2030年をめどに脱炭素を急ぐ鉄鋼メーカーへの外販を目指すと表明した。知多で培った溶解技術を、電炉技術そのものを商品にする構想へと結びつけたとみることができる[12]。
- 日本経済新聞(2012年1月10日)「大同特殊鋼、知多工場に200億円投資 製鋼工程など見直し」
- 大同特殊鋼、約200億円で知多工場の製鋼プロセスを抜本的に合理化(SBBit、2012年1月10日)
- 週刊東洋経済 2005年6月18日号「ニッポンの技術再発見 大同特殊鋼:極限レベルの新合金 環境先進国に挑む」
- 日本経済新聞(2020年4月3日)「大同特殊鋼、知多第2工場を公開 58年ぶり新設」
- 日本経済新聞(2024年4月3日)「大同特殊鋼、CO2削減する大型電気炉 鉄鋼も脱炭素加速」
- 大同特殊鋼 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【沿革】
- 大同特殊鋼 有価証券報告書(連結)