堺工場の借入を返し終えた1974年以来、設備を借金で建てていない。1963年3月に着工した堺工場は総工費40億3,000万円と当時の資本金の10倍にあたり、不足する11億7,000万円を日本長期信用銀行と住友銀行から借り入れた。1965年4月の完成が鉄鋼の不況期と重なって支払金利と減価償却が業績を圧迫し、吉村精仁社長は設備を自己資金でまかなう方針を定める。借入金は1974年3月に完済した。この方針を50年守ったことが、有利子負債43億8,600万円に対して現金及び現金同等物886億8,200万円という2026年3月期の財務を作った。