日本冶金工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

合金の成分を外から調達せず自分で作る、という選択を80年変えていない。1943年12月の大江山ニッケル工業の合併で京都府の鉱山と製錬所を本体へ入れ、原料から冷延薄板までを社内でつないだ。1975年12月にフェロニッケル製錬を大江山ニッケルへ分離したが、1983年10月に再び合併して大江山製造所へ戻している。2003年4月には川崎・大江山を分社して製造所ごとに損益責任を持たせ、7年後の2010年4月に2社を吸収合併して一体運営へ回帰した。工程を外へ出す試みは二度とも本体へ引き戻され、川崎で溶かして圧延し、大江山でフェロニッケルを作る一体運営に落ち着いた。

免責事項およびポリシー