振り返れば、この判断の核心は、量では全国を圧しながら価値では安物に甘んじていた道産バターに、品質という一点で立つ覚悟を与えたことにあった。名前を偽られ、包装も冷蔵もないまま安く流れていた産物を、商標・工場・物流・原料という複数の側面から同時に立て直す——生産者自身の組合がそこまで踏み込んだ点に、単なる販路づくりを超えた志がうかがえる。品質を理念に掲げるというこの選択が、その後の"雪印"という名を支える背骨になったと推察される。
もっとも、理念を掲げることと、それを守り続けることは同じではない。品質を守るために従業員に禁酒禁煙まで誓わせたこの出発点は、のちに八雲工場の中毒事件(1955年)、そして大阪工場を発端とする食中毒事件(2000年)で、その理念そのものを裏切られることになる。創業の担い手たちが最も重んじた一点が、時を経て最も大きく損なわれたという事実は、ブランドが掲げる価値と、それを担う現場の実際とのあいだに、絶えず距離が生まれうることを静かに物語っていると思われる。品質という言葉の重さは、掲げたときではなく、守り抜けたかどうかで測られる。