決断
銅を延ばす設備と海軍の注文を、軽合金の開発へ振り向けてきた会社である。1898年にアルミ板を手がけたのち、1909年に国内初の銅・真鍮の引抜管を作り、1911年には総理事の鈴木馬左也氏が海軍の依頼を受けて艦船用復水器管の国産化を引き受けた。その取引を足場に、大戦中に墜落したツェッペリン飛行船の骨組みの破片を海軍から受け取って分析し、1922年にジュラルミンの試作に成功して住友軽銀と名づけた。1932年には合金アルブラックの特許を得て、海軍が復水器管に全面採用している。軍の注文が、研究の材料と販路の両方を運んできた。