住友金属鉱山の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

掘る・製錬する・材料にするの三つを、どれも他社へ渡していない。1956年に日向製錬所でニッケル製錬を始め、1967年には青梅工場を新設して電子金属へ入り、1970年に新居浜ニッケル新工場、1971年に東予製錬所を建てた。1973年3月に祖業の別子銅山を282年で閉山したあとも掘る側から退かず、1969年に1,000万円で取得した鹿児島の菱刈が1985年7月に出鉱し、年約6トンの金を産出する国内唯一の商業金山になる。1986年に米モレンシー、1988年にPTインコの権益を取得し、2011年にはチリのシエラゴルダを取得して10年で全持分を譲渡した。減損を出したのちも権益の取得は止めず、2023年10月にケブラダブランカが開山し、2024年8月にはカナダのコテ金鉱山が商業生産に入った。

免責事項およびポリシー