神岡鉱山は西暦708年の和銅年間に開坑して銅を産出[1]したと伝えられ、奈良・平安から戦国・江戸の各時代を通じて金・銀・銅・鉛が掘り継がれてきた古い鉱山で、三井金属鉱業はみずからの源流をこの長い採掘の歴史にさかのぼって位置づけてきた。1874年に三井組は神岡鉱山の蛇腹平坑を明治政府[2]から払い下げを受け、非鉄金属の鉱山経営に参入した。神岡鉱山は国内最大の亜鉛産出量を誇り、カナダのサリバン、オーストラリアのブロークンヒル[3]と並ぶ世界的な鉛・亜鉛鉱山として三井財閥の鉱業部門を支える収益の柱となった。1892年には三井鉱山合資会社を設立して鉱山と炭鉱を一体運営する体制を整え[4]、1913年には大牟田に亜鉛製錬工場を新設し、神岡で採掘した亜鉛精鉱を社内製錬所で電気亜鉛地金まで仕上げる垂直統合型の生産体制を築いた。[5]この川上から川中の一貫モデルは、後年に継承される事業モデルの原型となった。
戦後の財閥解体の過程を経て、三井鉱山の金属部門は1950年5月1日に企業再建整備法によって神岡鉱業として独立し、戦後再編史の節目を迎えた。[6]発足当初は財閥商号の使用が許されず『神岡鉱業』の商号を用いて資本金6億円で出発し[7]、同年には東京証券取引所への上場を実現して独立企業としての歩みを開始した。[8]翌1951年10月には資本金を12億円へ増資し、同年12月には東京研究所を設置するなどして体制を整備強化し[9]、1952年12月に商号を三井金属鉱業へと変更した。[10]三井財閥の一員として蓄積されてきた鉱山経営と製錬技術の高度なノウハウは、独立後の事業拡大の基礎として継承され、戦後復興期の旺盛な非鉄金属需要に応える生産体制が整えられた。資源素材産業の再編が進む戦後の日本経済の中で、三井金属鉱業は神岡鉱山という強みを武器に独立後も業界内で存在感を高めていく道筋を辿った。
独立後の三井金属鉱業はまず直轄事業所の拡充に注力し、1953年6月の神岡鉱業所金木戸発電所完成を皮切りに、1954年1月の三池製煉所竪型蒸留亜鉛工場第一期工事、1956年6月の日比製煉所転炉脆瓦斯回収工事、1957年6月の神岡工業所フローソリッド炉と、製錬設備を相次いで近代化した。[11]1960年代には多角化を加速し、1962年には伸銅事業部とダイカスト事業部を新設して川下加工に踏み出し[12]、同年4月に王子金属・昭和ダイカストの両社を吸収合併した。[13]1964年にはペルーのワンサラ鉱山の権益を取得して海外資源開発に参入し[14]、1965年6月に三鷹工場を新設、[15]1967年には八戸製錬を設立して亜鉛製錬を神岡・彦島・八戸の三拠点体制へ拡張した。[16]資本金も1954年11月の24億円から1958年6月に48億円、1962年5月に72億円、1965年2月には108億円へと増え[17]、神岡を核に製錬から加工への垂直統合を深めた。
神岡鉱山からの排水に含まれていたカドミウムが富山県の神通川流域で長年発生していた健康被害の原因とされ、三井金属は被害者への補償に応じ[18]、公害対策と経営再建を同時に進める難題に直面した。公害問題は同社の社会的信用に深い傷を残し、以降の経営判断でも環境対策が重要な制約条件として常に意識されるようになり、基幹事業である神岡鉱山の将来計画を左右する深刻な構造要素として長く経営陣の念頭に残り続けた。戦後高度成長の負の側面として記憶された公害問題は、資源企業としての三井金属の経営哲学にも深い影響を及ぼした。
三井財閥の鉱業事業として1874年以来積み上げられてきた神岡の長年の隆盛は[19]、環境規制の強化と為替変動という外部環境の変化で不可逆的な縮小局面へ入り、非鉄一貫体制という事業モデルの抜本的な見直しが経営陣に突きつけられる時代の到来を強く予感させる象徴的な出来事となった。経営陣は戦後の三井金属を支えてきた事業構造の持続可能性について初めて根本的な疑問を突きつけられ、以後の事業転換の必要性の議論が始まる契機となった。
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|---|---|---|---|---|
| 1874〜1971年三井財閥の鉱山事業と神岡鉱山を核とし非鉄一貫体制の形成 | 三井組が神岡鉱山蛇腹平坑を取得・鉱山経営を開始 | ★★ | ||
| 三井鉱山を設立 | ★★ | |||
| 大牟田亜鉛製錬工場を新設・製錬に参入 | ★ | |||
| 鈴木商店経営の彦島亜鉛製煉工場を買収 | ★★ | |||
| 昭和鉱業から日比製煉工場・竹原電煉工場を買収 | ★★ | |||
| 佐藤久喜 | 三井鉱山からの金属部門の分離独立と神岡鉱業の創立、東京証券取引所への上場 1950年5月1日、財閥解体にともなう企業再建整備法の決定整備計画にもとづき、三井鉱山の金属部門を分離して神岡鉱業株式会社(資本金6億円)が創立された。同年10月に東京証券取引所第一部へ上場し、1952年12月に商号を三井金属鉱業へ改めた。現在の三井金属鉱業の直接の出発点にあたる。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 佐藤久喜 | 東京証券取引所に株式上場 | ★ | ||
| 佐藤久喜 | 商号を三井金属鉱業に変更 | ★ | ||
| 高口正俊 | 伸銅事業部・ダイガスト事業部を新設 | ★ | ||
| 高林敏巳 | ペルー・ワンサラ鉱山の権益取得 | ★ | ||
| 高林敏巳 | 八戸製錬を設立 | ★ | ||
| 高林敏巳 | 日比共同製錬を設立 | ★ | ||
| 1972〜2001年神岡鉱山の段階的縮小と電子材料への事業転換 | 尾本信平 | イタイイタイ病控訴審敗訴後の賠償受諾と公害防止協定・土壌復元の締結 1972年8月9日、名古屋高裁金沢支部はイタイイタイ病訴訟の控訴審で被害者を全面勝訴とし、三井金属鉱業は上告せず賠償に応じた。翌日には賠償の誓約書・公害防止協定・土壌復元の誓約書を結び、賠償と公害対策の負担が円高と重なって同社は無配へ転落した。神岡鉱業所のカドミウムがもたらした公害の責任を、経営再建と並行して引き受けた判断。 詳細を読む | ★★★ | |
| 尾本信平 | Oak-Mitsui, Inc.を設立・銅箔の現地生産を開始 | ★ | ||
| 高島節男 | 神岡鉱山で段階的に規模縮小 | ★★ | ||
| 高島節男 | 三井金属箔・三金レアアースを吸収合併・上尾銅箔工場を新設 | ★ | ||
| 高島節男 | 再建計画を策定・大規模な人員削減へ | ★ | ||
| 真島公三郎 | 希望退職者を追加募集 | ★ | ||
| 真島公三郎 | GECOM Cori.を設立・自動車部品の海外生産を開始 | ★ | ||
| 川北徹 | 半導体向けTABテープの製造子会社を設立 | ★ | ||
| 川北徹 | TKR事業部・パーライト事業部を設置 | ★ | ||
| 宮村眞平 | 排ガス浄化触媒の海外生産を本格化 | ★ | ||
| 宮村眞平 | 本社を移転 | ★ | ||
| 宮村眞平 | 日鉱金属と共同でパンパシフィック・カッパーを設立 | ★★ | ||
| 宮村眞平 | 神岡鉱山の段階的縮小と、銅箔・TABなど電子材料への事業転換 三井金属鉱業は、円高とイタイイタイ病補償で競争力を失った神岡鉱山を1978年から段階的に縮小し、2001年に約130年続いた自山からの採掘を止めた。並行して1976年の米Oak-Mitsui設立を皮切りに銅箔・TABなど電子材料へ軸を移し、2001年の中期経営計画『MAP500』で電子材料をコア事業と定めた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2002〜2023年電子材料メーカーへの変貌とリーマンショック後の地力回復 | 宮村眞平 | 大井製作所を完全子会社化 | ★ | |
| 槇原紘 | ペルー・パルカ鉱山を操業開始 | ★ | ||
| 竹林義彦 | 最終赤字に転落 | ★ | ||
| 仙田貞雄 | チリのカセロネス鉱山の権益を共同取得・PPCを共同設立 | ★ | ||
| 仙田貞雄 | 伸銅事業を住友金属鉱山と統合 | ★ | ||
| 仙田貞雄 | 三井金属アクトを設立(自動車機器事業統合) | ★ | ||
| 仙田貞雄 | ダイカスト事業を分離・三井金属ダイカストを設立 | ★ | ||
| 仙田貞雄 | チリ・カセロネス銅鉱山が本格操業開始 | ★★ | ||
| 西田計治 | チリ・カセロネス銅鉱山の権益を譲渡 | ★★ | ||
| 納武士 | 三井金属エンジニアリングをTOBにより完全子会社化 | ★ | ||
| 納武士 | 過去最高益を達成 | ★ | ||
| 納武士 | 日本イットリウムを完全子会社化 | ★ | ||
| 納武士 | 商号を三井金属に変更 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(三井金属)