決断
製錬所へ入れる原料を、自山の鉱石から輸入鉱、そして廃棄物へ替えてきた。1971年2月、鉱石輸入の比率が上がって自山鉱の優位が崩れるなかで臨海型の秋田製錬を設立して輸入鉱へ切り替え、収益源を鉱山から製錬能力へ移す。国内採掘が終わったあとは、2002年4月に小坂製錬へ自動車シュレッダーダストの処理炉を置き、2006年10月には持株会社へ移って5つの事業会社へ分割した。同じ炉で家電と自動車の廃材から金・銀・銅を取り出す構えに変えたことが、鉱山を持たないまま製錬を続ける形を作った。
2006年5月 持株会社制への移行
連結と提出会社の従業員数2006 2007 2012 提出会社(名) 1,002 80 67 連結のうち提出会社以外(名) 2,589 3,743 4,636 1999年11月 製錬赤字を受けた緊急対策
製錬赤字を受けた緊急対策銅地金相場の急落で製錬事業が経常赤字に陥ったことを機に、バブル期に膨らんだ資産と人員をROAという物差しで圧縮した構造改革同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1998 1999 2004 売上高(億円) 2,948 2,504 2,346 純利益率(%) 1.7 1.4 3.7 1971年2月 秋田製錬所を設立
秋田製錬所を設立鉱石輸入の比率が上がり自山鉱の優位が崩れるなかで、収益源を鉱山から製錬能力へ移行させた臨海型亜鉛製錬所の新設同じ経営論点に直面した企業 | 経営計画・中期戦略業績の推移1970 1971 1976 売上高(億円) 732 765 935 純利益率(%) 3.7 3.3 0.6 1884年9月 小坂鉱山の払下げ