1881年に藤田伝三郎が兄弟三名の出資を得て藤田組[1]を正式に設立し、1884年には明治政府から官営小坂鉱山の払い下げを受けて鉱山経営に参入[2]した。開発資金は元長州藩主の毛利家から20万円を借り入れて調達する形で確保されたという経緯を持つ。[3]小坂鉱山は金・銀・銅・亜鉛・鉛という複数の金属成分が混合した特異な黒鉱を産出[4]する珍しい鉱山であり、これらの金属を効率的に分離する製錬技術の確立こそが事業化の最大の鍵として長期にわたり認識されていた。鉱山取得後の初期は試行錯誤が続き、経営的には苦しい局面が続いた。
取得から十年を経過しても製錬技術は確立されず赤字経営[5]が続いたため、融資元の毛利家から小坂鉱山の正式な閉山指示が出された。しかし閉山処理のために着任した久原房之助は事業継続の必要性を強く主張し、井上馨[6]の個人的な支持を得ることで閉鎖指示の撤回を実現するという歴史的な巻き返しを果たした。1902年にはついに黒鉱自溶製錬の技術が確立されて生産が本格化し、1906年には小坂鉱山[7]が生産額で国内全鉱山中一位を達成するという逆転を成し遂げた[8]。閉山の危機を乗り越えて技術革新によって成功を勝ち取った経験は、藤田組の経営哲学の原点として長く社内で語り継がれた。
黒鉱自溶製錬の成功は日本の非鉄金属業界における技術的な画期として評価され、藤田組は一挙に国内有数の鉱山会社としての地位を獲得した。久原房之助が示した事業継続への強い意志と技術的挑戦への情熱は、その後の藤田組・同和鉱業の経営文化の核心を成す要素として組織の中に受け継がれ、何度もの危機を乗り越える原動力となり続けた。小坂鉱山の技術的成功は単なる一企業の成果にとどまらず、日本の鉱山業全体の近代化に貢献する象徴的な出来事として広く認知された。
小坂鉱山の鉱脈品位の低下に備えるため、藤田組は新規鉱山の取得を積極的に進める経営方針を打ち出すこととなった。1915年には秋田県の花岡鉱山を128万円で買収したが、買収直後に品位低下に見舞われるという不運に見舞われる局面を経験した。[9]しかし翌1916年に堂屋敷大鉱床を発見するという幸運を得て、花岡鉱山は小坂鉱山に次ぐ主力鉱山に成長した[10]。同年には岡山県で11の小規模鉱山を統合して柵原鉱山を新たに形成し[11]、硫化鉱の安定的な供給拠点を確保する動きも並行して進められた。
非鉄金属鉱山と硫化鉱山という性質の異なる鉱種を組み合わせて取得することで、単一鉱山への依存から意識的に脱却する分散戦略が藤田組の経営方針として明確化された。秋田県と岡山県という地理的にも異なる場所に分散した複数の鉱山で収益基盤を確保する体制が構築され、藤田組は国内有数の鉱山会社としての基盤を一段と固めていくこととなった。小坂のみに頼らずこの間に操業を開始あるいは買収した鉱山は三十を超え[12]、藤田組はわが国産銅界の四大会社の一つに数えられて明治末から大正にかけて当時の諸財閥と並ぶ地歩を築いた[13]。鉱種と地理の両面における分散戦略は後年の経営危機を乗り越える際の重要な支柱となり、同社の経営の柔軟性を支える構造的な要素として定着した。
藤田組は1917年に財閥形態へ移行して鉱業部門を藤田鉱業[14]として分離し、第一次大戦後の不況と昭和初期の金融恐慌を経て、1937年3月には合名会社藤田組を合併して株式会社藤田組へと改組[15]した。さらに太平洋戦争下の1942年5月には帝国鉱業開発と東北興業[16]という二つの国策会社が資本参加し、戦時統制下で同社の経営は国策と深く結びついた。こうした変遷を経て1945年には役員の一新を機に商号を同和鉱業へ変更し[17]、戦後は1949年に東京証券取引所に上場を果[18]たして独立した上場企業としての歩みを開始した。1884年の小坂鉱山取得から数えて60年余りに及ぶ鉱山経営の蓄積が、戦後の独立企業としての再出発の基礎を形成する重要な経営資源となった。[19]
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| 1884〜1944年藤田組と鉱山事業の確立、黒鉱自溶製錬への挑戦 | DOWAホールディングス創業——藤田組が受けた官営小坂鉱山の払下げから黒鉱自溶製錬による再生へ 1884年9月、長州萩出身で奇兵隊を経た藤田伝三郎氏の藤田組が、明治政府の工場払下概則の改正を受けて秋田県北秋田郡小坂村の官営小坂鉱山の払下げを受け、鉱山業へ参入した。金・銀・銅・亜鉛・鉛が混在する黒鉱の製錬に長く苦しんだが、現場の久原房之助氏が1902年6月に黒鉱自溶製錬の操業に成功し、1906年には小坂が国内全鉱山中の生産額一位に達した。戦時統制を経て1945年12月に同和鉱業株式会社へ改称し、1949年7月に東京証券取引所へ上場している。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 小坂で水力発電を開始 | ★ | |||
| 小坂で黒鉱乾式製錬の操業を開始 | ★ | |||
| 小坂で黒鉱自溶製錬の操業を開始 | ★★ | |||
| 国内で有力鉱山を買収 | ★★ | |||
| 豊崎圧延工場を新設し金属加工事業に参入 | ★★ | |||
| 豊崎伸銅所を設立 | ★ | |||
| 1945〜2001年鉱山縮小と事業転換の模索、希望退職への踏み切り | 商号を同和鉱業に変更 | ★ | ||
| 久留島秀三郎 | 東京証券取引所に株式上場 | ★ | ||
| 久留島秀三郎 | 東京熱処理工業を子会社化し熱処理事業に参入 | ★★ | ||
| 新井友蔵 | 花岡松峰鉱床を発見 | ★ | ||
| 新井友蔵 | 電子材料事業に参入 | ★ | ||
| 新井友蔵 | 臨海型亜鉛製錬所・秋田製錬の設立と、自山鉱から輸入鉱への原料の切り替え 1971年2月、同和鉱業が輸入鉱を原料とする臨海型の亜鉛製錬所として秋田製錬を設立し、翌1972年11月に秋田市飯島へ秋田工場を置いた。内の岱・松峰という大鉱床の発見が続いて国内鉱山が産出の頂点にあった時期に、自山鉱の処理では追いつかない製錬能力の不足を、海に面した新設備で埋めた投資である。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 新井友蔵 | 鉱山の規模縮小・人員削減を実施 | ★★ | ||
| 小森英夫 | 環境リサイクル事業に参入 | ★ | ||
| 小森英夫 | 危機突破特別委員会を発足 | ★ | ||
| 西田堯 | 半導体材料研究所を新設 | ★ | ||
| 韮谷定敏 | 小坂製錬所を分離・小坂製錬を設立 | ★ | ||
| 韮谷定敏 | 塩尻工場を新設・セラミック基板の製造 | ★ | ||
| 原田謙三 | 亜鉛鉱山の操業開始(ティサパ鉱山) | ★ | ||
| 金谷浩一郎 | 1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、ROAを物差しにした資産・人員の圧縮 1999年11月、同和鉱業が当時の従業員の1割以上に相当する希望退職の募集と賃金カットを含む緊急対策を発動し、翌2000年度から3年間でROAを2%から5%へ引き上げる中期計画に着手した。指揮したのは同年6月に専務へ昇進したばかりの吉川廣和氏で、2002年に社長へ就いた後も資産圧縮を続けた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 金谷浩一郎 | 廃棄物処理事業に参入 | ★ | ||
| 2002〜2023年環境・リサイクル企業への転換と過去最高益の達成 | 吉川廣和 | 吉川廣和氏が社長就任・環境リサイクル事業に集中投資 | ★★ | |
| 河野正樹 | 持株会社制への移行と5事業会社への会社分割、原料の鉱石からリサイクルへの切り替え 2006年6月28日の第103回定時株主総会の決議により、同年10月1日をもって商号を同和鉱業からDOWAホールディングスへ変更し、5つのコア事業部門を会社分割で各事業会社へ承継する持株会社制へ移行した。同年3月には本社を秋葉原へ移している。事業の単位を鉱山や工場ではなく、環境・リサイクル、製錬、電子材料、金属加工、熱処理という機能で切り直した再編である。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 河野正樹 | リーマンショックにより赤字転落 | ★ | ||
| 山田政雄 | 熱処理事業を本格展開 | ★ | ||
| 山田政雄 | 熱処理事業に参入 | ★ | ||
| 関口明 | 亜鉛鉱山の操業開始(ロス・ガトス鉱山) | ★ | ||
| 関口明 | 金属市況の高騰により過去最高益 | ★ | ||
| 関口明 | 環境・リサイクル事業に参入 | ★ |
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事実根拠:出所(DOWA)