日本ガイシの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

顧客が電力会社しかない状態を、20年かけて解いた。1964年に始めた第1次長期経営計画で売上構成を碍子6・非碍子4とする6:4構想を掲げ、上下水処理装置・化学工業機器・ベリリウム銅を候補に挙げた。1962年に米レオポルド社から急速濾過用集水装置の技術導入を受けて水処理へ参入し、1970年の米国大気浄化法の成立を受けてセラミックス製ハニカム担体を開発、1976年にフォードへ納入した。1977年3月にはベルギーの碍子メーカーを買収してNGKボドゥールを設立し、輸出と技術供与で押さえていた欧州へ生産を移している。電力部門の売上構成比は1974年3月期の94%から1984年3月期の51.4%へ下がった。電力投資の増減に縛られていた売上は、この20年で世界の自動車生産台数に連動する売上へ置き換わった。

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