日本ガイシ半導体製造装置用セラミックス部材を柱とするデジタル社会領域への事業構成転換
自動車排ガス浄化用セラミックスの先細りを前に、日本ガイシは次の柱をどこに据えたか
- 概要
- 2021年4月、社長に就いた小林茂氏のもとで、日本ガイシは中長期ビジョン「NGKグループビジョン Road to 2050」を掲げ、カーボンニュートラルとデジタル社会の二領域を柱とする事業構成の転換を打ち出した。デジタル社会領域の中核に据えたのが、半導体製造装置用セラミックス部材(SPE)である。祖業のがいしと自動車排ガス浄化用セラミックスで培った技術を、成長が続く半導体・AI関連の部材へ接続する方針であった。
- 背景
- 1976年に参入した自動車排ガス浄化用セラミックスが長く収益の柱を担ってきたが、2010年代後半からの世界的なEV化の進展で、内燃機関向け製品の成長性には先細りの見通しが差した。主力の細りは、次の柱をどこに置くかという問いを経営に突きつけた。
- 内容
- 2030年度の新事業売上高1,000億円(NV1000)などのKPIを置き、研究開発費と設備投資をデジタル社会・カーボンニュートラル関連に集中させた。デジタルソサエティ事業には将来3年間で1,300億円以上の設備投資を計画し、半導体製造装置用製品の増産を軸に据えた。
- 含意
- 半導体製造装置用製品は、材料・精密加工・接合というセラミックスの技術が生きる領域で、祖業からの技術が同じ会社の中で次の主戦場へつながった。飛び地への多角化ではなく、技術の連続性に沿った主力の架け替えという性格を帯びる。
技術の連続性という転換の芯
この転換を、半導体ブームに乗り合わせた幸運とだけ読むのは早い。日本ガイシが半導体製造装置用製品へ主力を寄せられたのは、電力がいしと自動車排ガス浄化用セラミックスで積み上げた材料・精密加工・接合の技術が、そのまま半導体部材に接続したからである。2019年の多治見工場や、AIサーバーを支えるハイセラムキャリアは、飛び地への進出ではなく、同じセラミックス技術の適用先の付け替えであった。EV化で細る祖業を、業種を変えずに次の柱へ架けようとした点に、この事業構成転換の芯があるとみることができる。
もっとも、架け替えが済んだと言い切るには早い。掲げた2025年度の営業利益900億円は未達の見込みで、2026年3月期も事業転換に向けた研究開発費の重みで減益を見込んでいる。半導体製造装置向けの需要は振れが大きく、案件の集中で伸びた売上は、そのまま市況の反転を映す裏返しでもある。NGK版ROICで測る資源配分の規律を保ちながら、AI由来の需要がどこまで続くかを見極められるか——祖業の技術を次の柱へ架け替えられたかどうかは、その先で決まるといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
自動車排ガス浄化用セラミックスとEV化の重し
日本ガイシは1919年に日本陶器のがいし部門から分離独立し、送電用の電力がいしを源流とするセラミックスメーカーである。1976年には自動車用セラミックス製品の製造販売を始め、排ガス浄化用のハニカム担体やフィルターが以後の収益の柱に育った。世界の自動車の排ガス規制が強まるほど需要が伸びる構造で、この分野は長く同社の稼ぎ頭を占めてきた[1]。
だが2010年代後半から、世界的なEV化の進展が主力の先行きに影を落とした。内燃機関を持たない車が増えれば、排ガスを浄化するセラミックスの出番は細っていく。同社はNGK版ROICと売上高成長率の二軸で製品を精査し、成長性の低い自動車関連で生む資金を、より伸びの見込める領域へ振り向ける方針を掲げた。次の柱をどこに置くかが、経営の中心の問いになりつつあった[2]。
半導体向けセラミックスの蓄積
半導体・電子分野への布石そのものは古くからあった。1971年に電子工業用セラミックス製品へ進み、2002年には米国のFM INDUSTRIESに資本参加して半導体製造装置用モジュールを取り込んだ。2019年には、エヌジーケイ・セラミックデバイスの多治見工場が半導体製造装置用製品の製造拠点として操業を始めている。次の柱の素地は、この積み重ねのうえにあった[3]。
半導体製造装置用製品は、微細化する半導体を作る装置の内部で、高温やプラズマ、薬液にさらされる部材を指す。セラミックスの材料特性と精密加工、異種材料との接合技術がそのまま生きる領域で、祖業のがいしや自動車排ガス浄化用セラミックスで磨いた技術が接続する。同じ技術の延長線上に次の主戦場を見いだせる点が、この分野の強みであった[4]。
決断
NGKグループビジョンと事業構成の転換
2021年4月、小林茂氏の社長就任と同時に、日本ガイシは中長期ビジョン「NGKグループビジョン Road to 2050」を掲げた。2050年の未来社会を見据え、カーボンニュートラルの実現とデジタル社会への進展を新たな発展機会と捉え、事業構成の転換を図る、と明記した内容である。二つの成長領域のうち、デジタル社会側の中核に据えたのが半導体製造装置用製品であった[5]。
転換には数値の目印が置かれた。2030年度の新事業売上高を1,000億円以上とする「NV1000」を掲げ、10年で投じる研究開発費の大半をカーボンニュートラルとデジタル社会の二分野に振り向けた。あわせて2025年度に売上高6,000億円・営業利益900億円という業績目標を示し、事業構成の組み替えを掛け声ではなく資源配分の問題として扱った[6]。
還元より投資を優先する
方針は投資の実額として姿を見せた。小林社長は、脱炭素を踏まえた事業構造の転換を急ぎ、当面は株主還元よりも投資を優先する立場を明らかにした。デジタルソサエティ事業には将来3年間で1,300億円以上の設備投資を計画し、海外も含めた半導体製造装置用製品の増産を投資の軸に据えた。細る主力から得た資金を、成長領域の生産能力へ移す構えであった[7][8]。
結果
半導体が牽引した最高益
2025年3月期、連結売上高は6,195億円と過去最高を更新し、営業利益は812億円となった。半導体製造装置用製品の案件集中とデータセンター向けの需要増でデジタルソサエティ事業が増収増益となり、転換の中核が業績の押し上げ役に回り始めた。もっとも、グループビジョンが掲げた2025年度の営業利益900億円には届かず、インフレや関税、不採算事業の改善不足で利益目標は未達の見込みとなった[9][10]。
需要を押し上げたのはAIであった。同社は、AIサーバー向けの半導体チップを支えるサポートウエハー「ハイセラムキャリア」や、通信品質を高めるSAWフィルター用複合ウエハーをデジタルソサエティの成長製品に位置づけ、AI向けの需要を事業転換達成のドライバーと呼んだ。2026年3月期は事業転換に向けた研究開発費の増加で営業利益こそ減益を見込んだが、売上高は半導体製造装置用製品の大幅な需要増を牽引役に6,300億円と、最高を更新する見通しを示した[11][12]。
新工場という具体化
増産の意思は拠点となって現れた。2026年4月、日本ガイシは約700億円を投じ、岐阜県多治見市に半導体向け高機能サセプターの新工場を新設すると発表した。2029年10月の量産開始を予定し、これによりグループの半導体・セラミックデバイスの生産能力を2割拡大する計画である。半導体製造装置用製品を中核に据えるという方針が、投資額と稼働時期を伴う具体的な設備計画へと落ちた[13]。
- 日本ガイシ 有価証券報告書(2024年3月期)【沿革】
- 日本ガイシ 2024年3月期 決算説明会 説明資料
- 日本ガイシ 2025年3月期 決算説明会 説明資料
- 日本経済新聞(2024年5月29日)「日本ガイシ小林社長『脱炭素へ転換、今は還元より投資』 中部企業 針路を聞く」
- MONOist(2026年4月28日)「NGKが半導体向け高機能サセプターの新工場を設立、約700億円を投資」
- 日本ガイシ 有価証券報告書(2022年3月期・連結)