東洋製罐グループHDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

工場を自ら建てるより、合併と共同出資で産地へ広がった会社である。1921年に小樽工場を分離して北海製缶倉庫を設け、1924年の広島製缶から1933年の戸畑製缶まで各地の製缶会社4社を合併した。1934年4月には従業員と缶詰業者を出資者に迎え、ブリキを供給する資本金500万円の東洋鋼鈑を設立し、1935年2月に下松で生産を始めた。株主を従業員・消費者・出資者で構成するという高碕達之助氏の考えが、原料の会社の資本にも及んでいる。

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