三木啓史
東洋製罐グループホールディングス・元代表取締役社長
社長就任 1992年6月
生年月日 —
学歴 —
出自 —
社長就任までの出自
出自
1970年4月に東洋製罐へ入社し、13年後の1983年6月に取締役へ就任した。1986年6月に常務取締役、1989年6月に専務取締役、1990年6月に取締役副社長と進み、入社から22年目の1992年6月に代表取締役社長となった。1944年6月生まれで、社長就任時は48歳である。2008年3月期の有価証券報告書には所有株式数104千株が記載されている。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1990年6月に取締役副社長となり、2年後の1992年6月に代表取締役社長へ就任した。2008年3月期の有価証券報告書で次に並ぶ取締役副社長の金子俊治氏は1971年4月入社で取締役就任が2000年6月、取締役専務執行役員の山本晴男氏は1970年4月入社で取締役就任が2001年6月と、取締役まで29年・31年を要している。同じ1970年入社の山本氏より18年早く取締役へ入った計算になる。
在任中の主な施策
施策
社長就任と同じ1992年6月に日本フエロー㈱の代表取締役会長を兼ね、1994年6月に東洋ガラス㈱、2001年6月に東罐興業㈱と日本クラウンコルク㈱の会長も兼ねた。国内では2000年3月に東京工場を横浜工場へ統合して閉鎖し、2003年4月に戸畑工場を基山工場へ統合した。連結売上高は2004年3月期の6,663億円から2008年3月期の7,455億円へ増えた一方、当期純利益は119億円から38億円へ落ち、最後の通期となる2009年3月期は89億円の純損失を計上した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1970〜2013年
在任中の業績 FY91→FY08
就任前-
退任時(FY08)7,337億円
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 1件
- 東洋製罐 有価証券報告書【役員の状況】(2008年3月期)