高碕芳郎

東洋製罐グループホールディングス・元取締役社長

(敬称略)

Takasaki Yoshiro

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生年月日
学歴 早稲田大学商学部
出自
出自
1941年に早稲田大学商学部を卒業し、1945年11月に東洋製罐へ入社した。創業者・高碕達之助氏の長男にあたる。入社8年後の1953年11月に取締役、1957年11月に常務取締役、1960年11月に専務取締役へ進み、1961年11月には42歳で取締役副社長に並んだ。
抜擢
1964年2月、45歳で取締役社長に就いた。同じ月に佐藤栄治氏が取締役副社長から取締役会長へ回り、前任の吉川正雄氏は東洋製罐の役員から退いている。1929年入社の高草木雅雄氏は取締役に就くまで27年、1930年入社の田中誓一氏は26年を要しており、入社8年で取締役へ上がった高碕芳郎氏との差は大きい。創業家の後継として早くから役員に据えられたとみられる。
施策
社長就任後、金属製罐以外を担う役員が増えた。1960年に入社した桑原康長氏は開発部長・プラスチック容器製造部長を経て1969年11月に取締役、1977年6月に専務取締役へ進んでいる。東洋鋼鈑から1972年12月に移った北村陽一氏は技術本部研究第二部長として1974年5月に取締役、1978年6月に常務取締役となった。1964年11月に東洋エアゾール工業の専務へ出た村井和之氏は、同社の社長・会長を経て1973年に東洋製罐の常務取締役へ戻っている。
評価
執筆予定
就任前(FY62)260億円
退任時-
変化-
就任前(FY62)10.0%
退任時-
変化-

参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料

  • 日本企業要覧 1966年版 経歴・学歴・出身地・生年
  • 日本企業要覧 1978年版 経歴
  • 閨閥学「高碕家(東洋製罐社長・高碕芳郎・高碕達之助の家系図)」 出自

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