古河機械金属の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

一度は金属を手放して石炭専業になり、最後は石炭も銅も手放した。1933年3月に金属鉱業部門を古河合名会社へ譲渡して古河石炭鉱業と改称し、7年11か月にわたり足尾銅山を持たない石炭会社になる。1941年2月に古河合名会社を合併して金属を取り戻したが、1970年1月には石炭事業の出発点だった下山田炭鉱を閉じて採掘から退いた。1972年11月には鉱量を残したまま足尾銅山の採鉱停止を決めた。穴を埋めたのはボーリング機械で、1972年3月期は売上370億円のうち機械が180億円を占めている。1987年3月には車載型クレーンのユニックの全株式を取得し、1989年10月に商号を古河機械金属へ改めた。掘る事業を二度やめたあと、掘るために作った機械のほうが社名の前半へ残った。

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